隣に立つ資格

はじめに

 ポッ拳公式世界大会2019オセアニア予選ポッ拳部門を観てくださったみなさん、ご視聴・応援本当にありがとうございました!

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 結果は2位でしたが、8月にアメリカのワシントンD.C.で行われる本戦への出場権を手に入れることができました。

 今回はそのオセアニア予選の前後について、ありのままの言葉で書いていきます。

 オフレポではありませんが、クロスいがらしはこんな奴だというのを知るという目線で読んでいただければ幸いです。


評価の前借り

 人にはそれぞれイメージというものがある。負けず嫌いだいう性格や、可愛いものが好きだという好み、はたまた言葉やポーズが結び付く人もいるだろう。

 オレのイメージはというと、知り合いの多くがこんなふうなことを口にする。

・とにかく熱い

ポッ拳界の松岡修造だ

 どれも間違ってはいない。そもそもイメージは他者が抱くものなので、正しいも間違いもない。しかし、これらが持つポジティブなイメージはそのほとんどが後天的なものだ。

 オレは学生時代は何一つ目立つような個性はなく、何かに打ち込むこともなかった。ゲームやアニメの世界で例えるならモブキャラと呼ぶのがふさわしいだろう。そんなオレが上記のようなイメージを持たれるようになったのは、偏にポケモンがもたらしてくれた力によるものだ。

"いつか……オレだって、ヒーローに……!"

 何十年と腐りに腐っていたオレが夢見ていたそれは、ポケモンにまつわる多くの出会いによって陽の目を見ることになる。

 それはポケモンの生みの親"増田順一さん"との出会い。ポケモン公式世界大会"Pokémon World Championships(以下WCS)"へ参加したことによる海外ポッ拳プレイヤーとの出会い。ポッ拳大会優勝をきっかけに知ってくれた人たちとの出会い。

 到底満足するには至らないが、冷静に立ち返ると腐り続けた"オレにしては"ここ数年でずいぶんと成長し、出来ることが増えてきたように思う。

 ところが、安定感を得たかのように思われたのも束の間、去年12月の大会ではまさかの17位タイ。プレイヤーとしての強さだけを見ても、まだまだ上振れの塊であることを思い知らされた。

 思えば去年公式世界大会直前に行われた対戦交流会におけるダブルエリミネーショントーナメント(敗者復活戦があるルール)では無敗のまま優勝したにも関わらず、肝心のWCS2018では早々に予選敗退。未熟さが拭えないオレは自らをトッププレイヤー、プロゲーマーであると名乗る際は羞恥心に耐えて名乗ってきた。

 そんなふうに思いながら2018年は幕を閉じ、2019年が訪れる。そこでオレは年明け早々に見たある記事に胸を抉られる。eSports界のライターとして最前線で活躍されている"謎部えむさん"の記事だ。

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 記事で書かれているプレイヤーの軌跡と展望。軌跡とは積み上げてきた過去の実績を指しており、展望とはこれからより良くなるであろう未来への期待を指している。

 そしてこの記事では"展望とは負債である"と書かれている。その理由は、抱かせた期待はそれ以上の成果でもって返す必要があるためだ。だからこそ期待ばかりさせ、結果を出せなかった者は負債を背負うことになる。

 これを読んでただただ自覚させられた。それはまさしく"オレのことだ"と。 

 思えばオレは何十年に渡って腐り続けてきたにも関わらず、ここ数年で過去と比較しずいぶんと成果を出せるようになってきた。しかし、前述したとおりこれらはポケモンがもたらしてくれた力によるところが大きい。

 ポッ拳においてメインパートナーとしているルカリオは、そのかっこよさや誠実さゆえに数いるポケモンの中でも絶大な人気を誇り、ことポッ拳においては各種演出などから主人公枠と呼ばれる存在だ。

 オレはポッ拳の前にはスマブラシリーズのプレイヤーとして活動しており、そこでのメインパートナーもルカリオ。それ以前からも大好きなポケモンルカリオだと公言してきた。故にオレに抱かれるプラスのイメージは、ルカリオと結びついていることが多い。

 そんなルカリオがくれたかっこいいイメージを壊しかねない圧倒的実力不足。No.1になってほしいと応援され期待されることはあっても、本当にそうなるであろう信用がないという事実。

 オレは去年までは写真に写る際よく大口を開けていた(意図があってのものだが蛇足なので言及はしない)ため変顔で印象が付いてる人も多いが、結果が出せないのであればプロゲーマーどころかただの客寄せパンダでしかない。実力がなければ、笑わせてるのか笑われてるのかすら分からないだろう。

 どう考えてもただただ上振れしていただけ。パートナーのイメージに助けられてばかりだと否が応でも思い知らされた。

 だからこそオレは、今年の課題の1つとしてこのことを立てている。

それは"ポケモンの隣に立つことが恥ずかしくない人になる"ということだ。


 

2人の親友

 今年のWCSポッ拳部門は3体のポケモンを選んで戦うチームバトルというルールだ。オレはこれまでポッ拳においてルカリオのみと戦ってきており、ただの一度たりとも他のポケモンを大会の場で出したことはない。

 そんなオレに対しオセアニア予選1ヶ月前に届いたチームバトル採用という発表。正直絶望していた。幸い日本には他のポケモンについて質問ができる上級プレイヤーが多く、彼らからアドバイスを貰うことで成長がしやすい点では他国の選手と比較し有利ではある。実際その力が大いに助けとなった。

 とはいえ、ルカリオ以外の2キャラは1ヶ月で作った急造の器であることは拭えない。事実元々複数のポケモンで戦えるプレイヤー相手には、オセアニア予選直前にも関わらず1ヶ月鍛えに鍛えたチームで挑むも全く歯が立たなかった。

 そのことに心が折られかけていたオレは、2人の親友に思わず弱音を吐いてしまう。すると2人はこう返してくれた。

"人は持てる手札で戦うしかない。障害は大きければ大きいほど成し遂げた時クロスさんの為になるはずだ。満面の笑みでいけ。応援している人はその表情を望んでいるぞ。"

"逆境を跳ね除けてこそ、五十嵐翼(※本名)の真骨頂だ。大丈夫。君は向かい風すら糧にするだろう。ダメージを受けて強くなるスマブラルカリオみたいにね。"

 全く情けない。これがオセアニア予選僅か1週間前のことだ。でも、おかげで目が覚めた。


 数日後、ツイッター上であるものが目に入る。eSports専門会社ウェルプレイドのCEO"アカホシさん"のツイートだ。

 
 eSportsに興味があれば知らない人はいないであろうウェルプレイド。そのCEOの言葉に各コミュニティから代表とも呼べる注目の存在についてリプライが集まった。無論その中にはポッ拳コミュニティも含まれる。

 しかし、そこで挙がる者にオレの名はなかった。オレはまだコミュニティからまだ信頼を得ていない上述したが、これはそう感じる理由の一つだ。

"信頼を得るには積み重ねが大事"

 散々聞いた正論にして、何十年もいい加減に生きてきた自分には最も耳が痛い言葉だ。10代でトッププレイヤーとして活躍し世界の舞台で戦うプロゲーマーもおり、きら星の如く優れた人材が数多くいるeSports界において、まだまだ未熟さの目立つ27歳など埋もれて当然の存在だ。

 たまに思う時がある。プレイ技術、精神性など全てが今のレベルで、せめてあと10歳若かったらもう少しマシな人生を歩んでいたのだろうかと。しかし、どうあがいてもいい加減な生き方をした数十年は取り戻せない。

 でも、2人の親友の言葉に支えてもらったオレは上振ればかりの自分に対し、こう考えるに至る。

"積み重ねのなさが負ける理由になったとして、それは負けていい理由じゃない"

 そう思ったオレは、アカホシさんのツイートに対し自己推薦という形でリプライを送る。自信があってアピールしているのではなく、未熟を承知のうえで自分を売り込むのだ。我ながらイカれてるにも程があると思った。日頃から馬鹿みたいにハードルを上げ続け、身の丈に合わないことばかりしている自覚はある。でも、どんなに未熟でもNo.1になりたいなら挑戦しなくちゃ始まらない。

 そう考えピンチをぶち壊す精神性こそ、オレがスマブラルカリオから貰った大事な個性だ。やるゲームは変わっても、その個性は消えてない。

 それに両親や親友を始め、応援してくれる人はいる。何もなかった自分に頑張る力をくれた憧れの人やポケモンという存在がいる。ならばオレはそれに応えなくちゃいけない。親友から贈られた応援イラストを観て、オレは改めてそれを自覚した。
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 その後、オーストラリアにてオセアニア予選に挑戦。チームバトルというルールへのプレッシャーを跳ね除け、全てのバトルを笑顔で戦い抜いた。

 その過程でオレは、自分の全ての試合の直前「盛り上がっていきましょー!」「Let's go Pokkén!!」などと叫びながら、観客や自分の試合を待つプレイヤーへ拍手と歓声を促した。盛り上がりを伝えるなら、その場にいる人間の歓声こそが最大の武器であることをよく知っていたからだ。

 大会の結果自体は2位、かつプレイ内容としては後で振り返ってみても不足が目立つ。しかし、一つ大きな成果があった。初めて会う選手がほとんどであるオーストラリアのコミュニティにおいて、自国の選手でないにもかかわらず多数の人が「Let's go Cross!!」とオレを応援してくれたのだ。英語が喋れないなりに大会を盛り上げようとした気持ちが届いたのかもしれない。


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 逆境を跳ね除け、笑顔を忘れないという姿を見せられたことは、2人の親友のおかげだ。海を越えた先であろうとも、その言葉オレは忘れちゃあいない。

 そんな気持ちが届いたのか、大会終了後に嬉しさと悔しさが混じった複雑な感情を親友2人は誰よりもよく理解してくれた。結果はどうあれ、やることは変わらないだろと次に目を向けさせる言葉とともに。


約束と原点と

 オセアニア予選において、最もオレを助けてくれた存在として今年から公式コメンテーターを務めた"みどりさん"という人がいる。彼は元々日本に住んでいたオーストラリアの人で、英語だけでなく日本語も話せるほか、中国語も読み書きできるという。

 プレイヤーとしてもトップクラスの実力を持ち、多言語を話せることから世界中のポッ拳コミュニティを繋ぐ最重要人物足る彼は「(コミュニティを助けることを)喜んでやっている」が口癖だ。オレとのやり取りにおいても何度もそう言ってくれた。

 そんな彼との遠征についてのやり取りの際、オレはある約束をすることになる。

"約束したから何でも手伝うよ。その代わりにいいプレーを見せてくれ!"

 そう言ってくれた彼に応えるために、未熟なりにも1ヶ月間最善を尽くした。結果は2位。1位とは大差の実力で完敗。勝った試合の内容も決してよかったとは言えかったことは、彼も感じていたはずだ。事実、本戦までにはもっと強くなってくれと釘を刺された。

 一方で彼からは強さのみならず、観てくれる人を楽しませるようにすることの大切さも説かれてきた。曲がりなりにもプロゲーマーたるオレは、当然そのことには真摯に向き合う必要があることは言うまでもない。

 対戦中はもちろん、対戦前後含めその振る舞いが、表情が、観ている人を楽しませるものであるように。上述したように対戦前に歓声を促したパフォーマンスも彼のアドバイスに感化された部分が大きい。


 そして最終日の夜、関係者のホテル前でみどりさんと別れる直前、公式側のスタッフを務めていた見知らぬ男性に声を掛けられる。英語が分からないオレはみどりさんに翻訳を求めたところ、驚くべき言葉が返ってきた。

"僕は初めてちゃんとポッ拳を観たけど、キミのプレイは観ていてとても楽しかったよ"

 嬉しかった。オレは英語が話せるわけでもない。優勝したわけでもない。そして言ってくれた彼は、もちろんオレのことなど知らなかったはずだ。それでもそう言ってくれた彼に「Thank you so much.」とだけ伝えハグを交わした。みどりさんがまたオレを一歩先へと進ませてくれたことに感謝しながら。

 そして同時にオレはある言葉を思い出していた。

"僕はポッ拳をよく知らないけど、あの時、それでも応援したいと思えるものが君にはあった"

 EVO Japan2018優勝後"V3Esports"加入のために会った際、自分より魅力的なプレイヤーはたくさんいると伝えたオレに対し、決勝戦を観ていたというかつてのマスターが言ってくれた言葉だ。

 あれから約一年、公式世界大会本戦出場という切符を得ただけでなく、人を楽しませることが出来たことで本当の意味で前に進めたような気がした。

 そして次なる舞台はPokémonWCS2019本戦だ。多くの人に助けられながら憧れの舞台へ本当の意味で立つ時がきた。

 この舞台に立つこと、それは戦ったライバルたちの想いを背負うということ。それはポケモンゲームの頂点に挑むということ。そして何より、オレの精神その原点たる存在に成長したところを見せる時がきたということ。

 ずっと支えてくれたポケモンたちへ。何もなかったオレにたくさんのものをくれた憧れの人へ。

 本番まで残すところ約半年。その隣に立つことが恥ずかしくないようもっと自分を磨いていきます。ありがとう。

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知れ、スタートライン2

 初優勝から一年

 今日2019年1月27日は、オレがポッ拳の大会で初優勝をしてからちょうど一年になる。
 それまで全く結果を出していなかった無名の人間が強豪プレイヤーをなぎ倒しての優勝。その年初の公式大会にして、大きなドラマを生んだと話題にしてもらえた大会だった。

 

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 当時の記事にも書いているとおり、その大会では2016年、2017年の世界王者をオレが倒している。ルールがルールだけにまぐれもあっただろうが、それでもその時オレは初めて確信を得ることができた。

 "ついに現実的なレベルで公式世界大会優勝を狙える位置にきた"と。

 その後はプロゲーミングチーム"V3Esports"に所属しプロプレイヤーへ。実績としても去年最も成長したプレイヤーとして、自信を持って手を挙げられるだけの結果は出してきた。
 だが、それはあくまで上がり幅の話。皮肉な話だが、これらのことには"クロスいがらしは弱いプレイヤーだ"という共通認識があって成り立っている。
 事実、公式世界大会"ポケモンワールドチャンピオンシップス2018"では、他の日本人が全てTop8入りを果たした中、唯一の惨敗。それだけでなく大会が少ないシーズンにおいては、目立った何かを残したわけでもない。
 何がチャンピオン。何がプロゲーマー。過去や肩書きで語られるのは、そいつが当に過去の存在となった時にすることだ。
 そう思っているだけに、知り合いが誰かにオレを紹介する際「EVOJapan2018のチャンピオン」「V3所属のプロゲーマー」として語られると、内心恥をかいているような気分になる。
 無論、これらは紹介しやすいネタなのだから紹介者は悪くない。ただ、オレが決勝戦最後にどういう動きで相手を倒し、観ていて何を感じたかまで語れるようなケースでもない限り、1年前の優勝というのはもはや賞味期限切れに他ならない。
 だからこそ、これからオレがどうしていくのか。それは常に自分へ問い続けている。


 家族

 2018年から2019年にかけての年末年始、オレは実家へと帰省した。普段あまり連絡することのない父が迎えに来てくれ、車の中では互いに近況報告をしていた。その中で父が聞かせてくれたことがある。

 "〇〇(5つ年下の従兄弟)は此間ばあちゃんに世話になったからってボーナスから〇万円渡してたぞ。"

 全く悪気はないのだろう。事実父はオレの夢や活動を全く否定はしないし、従兄弟と比較していたわけでもない。ましてオレが劣っているという認識さえ持っていないはずだ。
 でも、それでもオレは考えた。世界一を目指すだ、プロゲーマーだなどと言われているオレなんかより、田舎で普通の会社に勤めて普通に働いている従兄弟の方がよっぽど孝行者なんじゃないかと。
 去年それまでとは一線を画す結果を出してきたとはいえ、時は流れ一つ歳を取るのだから成長するのは当たり前だろう。しかし、生活自体は何一つ変わっていない。
 27歳にもなると、ごく稀にだが結婚について触れられることがある。願望はなくはないが現状見込みはない。そもそもあまり強くない。
 それというのも、この歳になると恋愛と結婚だけでなく子供のことも考えるものだからだ。そしてその話を振られると必ず頭を過ぎることがある。

 "もし仮に自分と同じような子供が生まれたら、オレは許すことができるだろうか"と。

 オレは許せないだろう。自分の夢を捨ててまで、何も返さない子供に尽くせと? 冗談じゃない。吐き気さえする。それもこれも、自分が何一つ家族に報いることが出来ていないからだ。
 よく友達と話をすると、古い考えに固執して子供を肯定してあげられない親の話を聞く。不慮の事故で片親がいない友達もいる。
 でも、オレの両親はずっとオレを肯定してくれた。高校で友達が一人もいなくても、専門学校でゲームクリエイターになれなくても、ゴミみたいな負け犬思想の会社に勤めることになってもだ。
 オレがこんなクソカスみたいな子供じゃなかったら、もっと家族は幸せだったんじゃないかって思っちまった。そのことがムカつく。許せねえ。

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 年末年始、母は美味しい料理をご馳走してくれた。父は早朝に起きて一人で雪片付けしてくれた。祖母は東京に戻るオレにかりんとうを作って渡してくれた。
 オレが恵まれてんのはもう分かってる。だから一日も早く、大人として真っ当な人間に成長しなくちゃならない。助けてくれた人たちに応えられるように。



 個性

 年明け後この時期になるとあることを思い出す。2016年2月20日のことだ。ポケモンが20周年を迎えることを祝い、オレは仲間ともに20周年記念イベントという非公式イベントを行った。
 1年以上に渡って準備を行ってきたイベントで、オレはサブリーダーとしてリーダーの補佐を務めた。
 紆余曲折ありながらもイベントは無事開催。ゲストとしてオレが世界一憧れているポケモンの生みの親の一人"増田順一さん"も登場し、イベントは大成功で幕を閉じた。
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 この時のことを仲間内で話すと、メンバー内における最も良い思い出として語られる。それもそのはず。ここではメンバーそれぞれが個性を十二分に発揮し活躍したからだ。中にはここでの経験を機に、プロのイベンターとして活躍している人もいる。
 でも、オレはこの時のイベントを振り返ると100%笑って思い出すことはできない。前述したとおりオレの役割はサブリーダー。その役割で具体的に何をしたのかというと実はほとんど覚えていない。理由は簡単。

 "目に見えるものが、耳に残るものが、記憶に刻まれるものが、ただ一人何一つ残せなかったから"だ。

 イラストを描いた。Tシャツを用意した。音楽を耳コピした。ピアノを弾いた。バルーンアートを披露した。パワポで初代ポケモンのシーンを再現した。
 これまで見せてきたものかそうでないもの問わず、メンバーは各々が持つ個性を発揮した。この時のために死ぬほど練習したわけではなく、普段やっていることの延長線上で当たり前のように個性を発揮した。
 なのになんで! なんでオレだけ何も持ってない? みんなでポケモンに恩返ししようって決めたのに、なんでオレだけ何も出来てないんだ?
 そう考えているうちに一つだけ気付いたことがある。気持ちだけが先走っていただけ。オレは周りの人の良さや力を自分の力と勘違いしているだけだと。そして、このままここにいると、この先何も成せはしないんだと。

 それからというもの、オレは何事においても誰かと協力して行う集団での活動ではなく、個人での活動に重きを置いてきた。何の個性も無かった。その現実を受け止め、変えるために。
 今も昔も、ポケモンのおかげで頑張れてきた。世界中に友達ができた。だから、この先の未来でもポケモンと一緒に笑っていたいといつも願っている。
 そんなオレの信念に揺るぎはないが、たまに思うことがある。自己顕示欲の域を超えられるんだろうかと。オレの行動は憧れである増田さん――強いてはポケモンからのくだらない承認欲求で止まりはしないだろうかって。

 海外遠征にあたり「友達だから手伝うことは当然なことだ」と笑ってサポートしてくれる"Midori選手"
 公式世界大会が発表され競争が始まる状況で、どんなことでも隠すことなく攻略情報を教えてくれる"さるたろう選手"

 ポッ拳だけを見ても国内外問わず世界中に、人として、プレイヤーとして憧れるかっこいい人はたくさんいる。アニメの世界に負けないんじゃないかってくらい、かっこいいヒーローはたくさんいる。
 だからこそ、そんなすごい人たちと競い高めあって頂点を獲りにいく。何の個性もなかったオレにチャンスをくれたポケモンたちに応えるために。



 ポケモンワールドチャンピオンシップス2019開幕

 来たる2019年2月16日。オーストラリアのメルボルンにて、ポッ拳公式世界大会ポケモンワールドチャンピオンシップス2019オセアニア予選がスタートする。
 

 
  オレは今、この大会に参加し優勝するべく猛特訓中だ。今回のルールは昨年と異なり、1人のプレイヤーが3体のポケモンを選んで戦うチームバトル。
 つまり、最低3キャラは扱えるようにならなければ土俵にすら立てない。
 プレイヤーに求められるスキルは単純計算で今までの3倍。
 これは、決して大きくないポッ拳コミュニティにとって参加者の数が減る致命的なルールと見ることもできるだろう。
 事実、発表時のツイッターでの反応は初心者・中級者のプレイヤーを始め、1キャラのみをメインとしていたプレイヤーからは否定的な声も上がっていた。
 一方で"ポッ拳"でツイートを検索すると、観る側は楽しくなりそうという意見も見受けられた。
 代表的なのは、かつてアメリカでトッププレイヤーとして活躍していた人のツイートだ。

 

 

 現時点で180万再生を超えた昨年の公式世界大会におけるGrand Finalの動画を見れば、ポッ拳には観てもらえる可能性が多分にあることが分かる。
 そして、それを超えられる可能性がこのチームバトルというルールにはあると言えるだろう。
 もうやらなくなったゲームに興味を持つことなど普通ではありえないからだ。


 以前、憧れの人と少しだけ2人で話せる時間があった。その時オレが話したことがある。
 公式世界大会WCS。全国のポケモンファン、いや全世界が注目するビッグイベントだ。
 真の最強を決めるその舞台は、開かれたら最後誰かしらがチャンピオンとして君臨する。チャンピオン不在で終わることはない。
 そのような舞台に挑戦し、頂点へと達したのなら世界中から称賛を浴びるだろう。極端な話、その人がどんなに悪い人であってもだ。
 だから舞台は凄い。しかし、そのような場合万人が評価しているのは舞台であってプレイヤーではない。1ヶ月もすれば容易にその熱は冷めていく。コミュニティの外からは忘れられていくことだろう。
 であれば、WCSがもたらす価値以上にプレイヤーが魅力的であること。ヒーローであること。それがあの舞台に立ち、歴史を紡いでいく者に求められる素質だと。
 憧れの人は小さく頷き、それに同意を示してくれた。でも、オレは何も応えられなかった。ここまで言っておいて何一つ残すことなく終わった。
 そんなオレにもう一度巡ってきた絶好のチャンス。

"歴史を観ている側でありたいか。創る側でありたいか。"

 公式世界大会が発表された今、明確に問われている。
 変わらないルールに意見する者。ルールに沿って頂点を目指す者。
 そう、つまりこれが最初のふるい。
 はっきり言おう。チームバトルというルールになったことで、優勝候補の中からオレの名は完全に消え去った。
 オレはルカリオとのみ戦ってきたプレイヤーで、他のポケモンはまともにコンボすら出来ないからだ。
 練習をサボっていたわけでもない。取り組み方が悪かったわけでもない。
 しかし、ルールの変更があっただけで容易にトップ層から引きずり下ろされた。
 それでもなお、本気で世界を獲りにいく覚悟はあるか?

"No.1であるために。なりたい自分になるために"

 これが、オレの新たなスタートラインだ。

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心がこもりすぎているってなんだ

オレにとって今年最も記憶に残っていること。それは"Pokémon World ChampionShips 2018"を置いて他にない。

"EVO JAPAN"での初優勝からプロプレイヤーへ。世界中のプレイヤーからの推薦を受け、単身アメリカへと乗り込んだ"SwitchFest"での優勝。公式大会3位入賞からの繰り上げで公式世界大会出場権獲得。

主に前半は試されていると感じない日がないほどのことがありながら、それらを幸運にも乗り越えてくることができた。

しかし、オレが今最も大切にしている舞台でまさかの大敗。

そのことについて自分では乗り越えたつもりでいても、ふとした失敗で幾度となくあの日の敗北が頭をよぎる。


プレイングが、取り組み方が軽い。

上振れしていただけ。

No.1には程遠い。


誰に言われたことでもなく、自分が自分に感じる感想だ。

WCSでの想いは、WCSでしか果たせない。あの日の敗北をオレはまだ許してはいない。それはオレの原点に関わるものだからだ。


そんなことを考えていると、いつもとある格闘ゲームの戦いを思い出す。

ストリートファイタートッププレイヤーの対戦だ。

 


オレはストリートファイターシリーズは小学生の頃にストⅡをやっていたくらいで、動画のものがナンバリングいくつのものかも分からない。

大変失礼なことを隠さずに言うと、対戦している"クラハシ選手""オゴウ選手"のことさえ全く知らなかった。それでもあまりにも衝撃的だった。

格ゲープレイヤーなら知らない人はいないであろう実況者"アールさん"が言っているとおり"心がこもりすぎている"のだ。

ゲームも知らない。プレイヤーも知らない。それでもこの戦いはオレに与えていた。今までに見た全ての対戦ゲームシーンを凌駕する衝撃を。

あの日の敗北に。オレの原点に。もしその想いを果たすことが叶うのなら、この戦いにこそヒントがあるんじゃないかと。だからこそ何度も考えた。


"心がこもりすぎている"ってなんだ。

 


【挑むもの。背負うもの】


2018年12月2日

ポッ拳スマブラシリーズなどを集めた合同大会の2日目のことだ。

オレは17位タイという初優勝後最悪の結果に終わった。

その間近ではスマブラDXの大会が行われており、そのグランドファイナルを行なったのはVGBC所属の"aMSa選手"と、日本トップクラスのフォックス使い"Sanne選手"だ。

aMSa選手は日本最強のプレイヤーにして、現在世界最強のプレイヤーと互角に渡り合えるほぼ唯一の日本人プレイヤーである。

日本人のレベルは確かに上がっているが、世界最強と渡り合えるのはaMSa選手において他はなく、国内大会においてはaMSa選手を除いた2位争いになるのが常と聞くことも多かった。

それほどの絶対的強者に挑むにあたり、Sanne選手と縁があったオレは当日ある決意を聞いていた。


"ごめんなさい。今日は絶対aMSa倒すんで、ポッ拳棄権させてください"


ポッ拳スマブラDX、ARMSでの合同対戦交流会においてポッ拳をプレイしていたSanne選手は、この合同大会でもポッ拳部門に参加することを一つの約束としていた。

しかし、日本において並ぶものなき存在と化したaMSa選手をその手で倒すべく、彼はポッ拳部門の棄権をオレに申し出たのだ。

最強を目指すうえで自分より強いとされるプレイヤーに勝つということがどれほど難しく、また言い知れぬ価値があるかをオレはよく知っている。

快く承諾したのだが、そんな申し出をしたSanne選手は宣言通りaMSa選手を一度破り、ついにグランドファイナルへ。

aMSa選手が絶対的な強さを持つからこそ、会場はSanne選手の活躍に熱狂する。

スマブラDXは10年以上前のタイトルで、最新作と比べ日本においては決して大きいコミュニティではない。

しかし、その圧倒的なまでの熱量にオレは物理的にも感じられるほどの衝撃を受ける。その場にいた多くのプレイヤーが目に涙を堪えながらSanne選手の名を力の限り叫び、その勝利を祈っていたのだ。

地響きにも似たその声援は、Sanne選手にも間違いなく届いていたのだろう。

フルセットの末、Sanne選手はついに絶対強者aMSa選手に勝利。そして優勝を成し遂げた。

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どんなに応援はされても、現時点においてaMSa選手がNo.1だ。万人の認識はそう易々と覆るものではない。きっとSanne選手は嫌というほどそれを実感してきたと思う。

だからこそ成し遂げたこの偉業。その場に居合わせた全てのプレイヤーを涙させるそのプレイングは、まさしく"心がこもりすぎている"ものだった。


そして、惜しくも敗れたaMSa選手は"プロとしてこの結果を不甲斐なく思う"という旨の言葉を残した。

たった一敗したことを、彼はこの上なく恥ずかしいことだと言ったのだ。これはSanne選手を格下と見ていたわけではない。プレイヤー業に専念し、多くの人に応援されていると自覚しているからこその言葉だ。

これを聞いた時、オレはその場にいることが恥ずかしくなった。仮にも同じプロプレイヤーだ。悔しいのはもちろんのこと、2位であることをこんなにも恥ずかしく思っている人がいるのに、17位タイだったオレは何の価値もない。


"心がこもりすぎている"ってなんだ。


オレのポッ拳が、オレそのものが、なんでこんなにも軽く感じられるのか。

偶然にも同い年であり、長きに渡ってプロとして活躍してきたaMSa選手の前ではオレの存在など無価値にも等しい。

それを認めたうえで、次どうするのか。そのことをオレは考えずにはいられなかった。

 


【プロのプライド】


12月某日。ポッ拳プレイヤーの1人"Green Energy Manさん"が、プロストリーマーとして活動することを発表。

喜びと期待の声が上がると同時に、ツイッター上ではこのような声もあがっていたことをオレは見ていた。


"プロってなんなの"

"お金は出てんのかな"


どういう経緯でプロストリーマーとして活動することになったのかオレは未だによく分かっていない。

しかし、昨今のeSportsの発展に伴い、身近な存在が企業と提携し、プロ活動を始めるという宣言を行うことはあまり珍しくなくなったように思う。

現にオレもその1人であり、その時一部からは"プロのバーゲンセールだな"と揶揄されたことも覚えている。今回の件についても同様の意味だろう。

この件について彼は特に言及することはなく、いつもどおりの軽いノリで、ネットもリアルも変わることのない態度で振舞っていた。


そんなある日、ゲーマーによるゲーマーのための祭典"C4LAN"が開催。ジャンルを問わずゲームを持ち寄り、何百人ものゲーマーが数日に渡りゲームを行うイベントだ。

ポッ拳コミュニティもそのイベントに参加する傍ら、ステージ上でのイベント開催に名乗りをあげる。

そこで実況を務めることになったのがGreen Energy Manさんだった。配信が行われていたこともあり、彼にとってはプロストリーマーとしての初陣と言っていい。

当日はいつもどおりの軽いノリで振る舞う彼だったが、ステージイベント数時間前になると突然一人机に向かって何かに集中し始める。

何事かと思いそっと覗くと、なんとステージイベントで使用する実況メモを書いていたのだ。

この時のイベントは所謂ガチ勢が行うトップクラスのバトルとは相反し、全くポッ拳を知らない人も楽しめる超シンプルにした特別ルールでのバトルだった。

それ故に、彼は初めての人が抱くであろう疑問点をまとめ、数名交代で行う解説役への振りをメモしていたのだ。

初心者の疑問解決と、決してプロではない慣れない解説役を務める相方数名への同時配慮。

プロ活動発表当日、彼のプロ化を嗤っていた奴らはこのことを予想していただろうか。きっと何も考えてなどいなかっただろう。

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この世のプロ全てがそうとまでは言わない。言えない。それでも、それを名乗ることの有用性以上に背負うものの方が大きいことを、実際になった多くの人は分かっているはずだ。

仮にも同じeSports界におけるプロであるオレは、Green Energy Manさんの隠れた努力と本気に、それまでの彼とは違うものを感じた。

もちろんプロだけじゃない。みんな本気でやってる。少しでも気を抜けば、あっという間に無価値のままその他大勢にさせられてしまうのが今のeSports界だ。それだけ努力を積み重ねている人が多い。

だからこそ、普段ノリの軽い彼がプライドをかけて壇上に立った姿を見た時、その"心がこもりすぎている"実況にオレは胸を打たれたんだと思う。

そして彼は、見事ポッ拳コミュニティをステージイベントで最も盛り上がった賞の獲得へと導いた。

 

 

【キミはこのままでいい】


先日、かつてそこで勤めて活躍したいと憧れたゲーム会社"ゲームフリーク"に所属している先輩と飲む機会があった。

先輩とは学生時代ほんの少し面識があった程度だったが、唯一接点となっていたFacebookでオレのeSportsに関する報告等に興味を持ってくれており、それがきっかけでサシで飲む機会をいただいた。

その先輩は超がつくほどの変わり者であり、当時同世代で学校にいた人はプログラマーとして比類なき観察力を持つ存在として知らない人はいないと言っていい知名度を誇っていた。分かりやすく言えば学校でNo.1のプログラマーだ。

ゲームセンターでバイトした時に学んだという凄まじいまでのゲーム知識は、アーケードゲームから家庭用ゲーム、スマホゲームに至るまで、かなり古い年代のものから最新に至るまでその大半を網羅している。一度話せば誰もが舌を巻くことだろう。

始めに当時大手だったスマホゲーム会社に勤めた先輩は、ある日"ポケットモンスターXY"におけるヒトカゲの炎のエフェクトを見て、ゲームフリークの技術力の高さに興味を持ち見事入社を決めたのだという。

その話の数々に、当時学校No.1だったこの人がオレにとってNo.1のゲーム会社に勤めたことは当然のことのように思えた。


そんな先輩はeSportsについてもとても興味があるようで、現在プロとして活動するオレの話を聞いてみたかったそうだ。

活動について話せる限りのことを伝えると、先輩は何故オレがゲームクリエイターではなく、プロゲーマーの道を選んだのかを尋ねてきた。

そこでオレは憧れの人であるゲームフリーク"増田順一さん"について、その思うところを語り伝えた。それこそがオレという人間の原点だからだ。


しかし、何をしても自分のことが軽く思えて仕方がなかったオレは、まだまだな実情を打ち明ける。

一番大事なところで負けたのは逃れようのない事実だ。そこを始め足りないところが山のようにあり、この一年オレはこれ以上ないほどに背伸びし続けて過ごしてきた。

どんな時も笑顔で、自信を持ってトップを目指す宣言とそれに見合った努力を重ねること。

それこそがプロだと思い振る舞っていたつもりだったが、ゲーマーではない古くからの仲間には"イキってるように見える"と一蹴された。オレという人間の中身が空っぽ、つまり軽く感じられたのだろう。

だからこそ良いところばかり伝えるのは、憧れの人に嘘をつくようで居たたまれなかった。


すると先輩はあるゲーマーの話を聞かせてくれた。"THE KING OF FIGHTERS"(通称KOFシリーズにおいて、特異な活躍を見せた地方のゲーマーの話だった。

彼は周りに同じゲームをする対戦相手がいなかったことから"覇気脚キャンセル"という超高難度のテクニックをひたすら練習し、優勝候補を破ったのだという。

あとで調べてわかったが、とんでもなく難しく実戦ではまず安定しない。対戦相手がいないためまともに練習ができない環境で、彼はひたすらその練習を重ねたのだ。


"頭おかしいよね。でも、俺たちが観たいのはこういうヤツなんだよ"


笑いながらそう語る先輩の話を聞き、オレはクラハシリュウVSオゴウガイルの戦いを思い出していた。

そこには金も名誉もない。あったのは、ただ"勝つという信念"だけだ。

そしてオレは気がついた。それが何も知らない人間さえも圧倒する"心がこもりすぎている"戦いになったのだと。


このことを伝えると、その対戦を見ていたのだという先輩は同意を示してくれた。そしてその後、オレは衝撃を受けることになる。帰り際、その日話したことをまとめ先輩がこう語ったからだ。


"この先どうなるかは分からないけど、キミの信念は間違ってないよ。キミはこのままでいい"


学生時代のクラスメートと話すと、オレが一番変わったとよく言われる。それもそのはず。何の個性もなく、ろくに努力をしなかったオレがよもやゲームで勝ち上がり世界に行くなど誰が予想しただろうか。

そこにある驚きとは、ゲームで世界にという以前に"オレが"それを成し遂げたことにある。つまり根本的に期待値が低いということだ。付き合いの長い仲間でさえ、その大半が人として格下の人間であると頭の中で決定付けている。それを言葉や態度の端々からオレは理解している。

しかし、だからこそ憧れの人への想いだけでここまできたオレを先輩は賞賛してくれた。

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本当にこれでいいんだろうか。オレなんかに何ができるんだろう。そう思う気持ちは今でも消え去ることはない。

それでもなお、憧れの人とともにポケモンの世界を作り続ける先輩が言うのなら自分を信じてみてもいいと思えた。

2018年、背伸びと上振れの一年だった。じゃあ2019年はどうか。それを決めるのは他でもないオレ自身だ。

果たせ約束

【はじめに】

 

  ポケモンゲーム公式世界大会、"ポケモンワールドチャンピオンシップス(以下WCS)2018"が幕を閉じました。応援してくださったみなさん、本当にありがとうございます。

 

  続く"カントートーナメント4"というユーザー主導の大型大会も幕を閉じ、今年のポッ拳の夏が終わった今、そこで感じたことを書いていこうと思います。

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【敗北】


  WCS2018ポッ拳部門で、オレは現地最終予選から参戦。128人以上の参加者の中から上位2位までの予選通過を狙うも、惜しい様子もなく惨敗に終わった。


  日本代表決定戦で3位になり、招待出場権を獲得。直近のユーザー主催イベントで行われた2本先取制ダブルエリミネーショントーナメントでは、同じ招待選手数名を破り、一度も負けることなく優勝している。アーケード版からスタートした経緯を持つ故に、これまで日本人が圧倒してきた経緯のあるポッ拳というゲームにおいて、この成績は十分に世界一になり得る可能性があると言えるだろう。


  では、何故今回このような結果に終わったのか。それはオレが数段飛ばしで駆け上がってきたからだと考えている。


  オレは優勝候補に焦点を絞って徹底分析と対策を行ってきた。今年1月、悲願の初優勝を飾ったEVO JAPAN 2018でも取った戦術だ。それは全てある信条に則っている


"1番にならなきゃ意味がない"


  Top16に入りたい。去年より良い成績を。それだけではあまりにも不足している。オレより実績を重ね、コミュニティからのプレイヤースキルの評価が高い人などたくさんいるからだ。彼らという存在がありながら、自分がプロとして活動することの意味を常に模索してきた。そして何より、前の記事で記載したとおり1番にならなければ観てもらえない人がいる。


  しかし、人対策に寄った作戦が仇となり、ノーマークのプレイヤー2人を相手に敗退した。さながらEVO JAPAN 2018で自分が行ってきたことを他のプレイヤーにされたかのようだった。


  彼らがオレを個人対策したかは分からない。しかし、プロとして、トップとして戦おうとするなら分析されるのは大前提。それでもなお勝ち抜く底力がオレには足りなかったように思う。


"全てはWCSでの勝利の為に"


  これこそがオレの原点。オレの全てだ。その勝利の為に全てを賭けてきたはずなのに、やっとこの手で切符を掴んだのになんで……?


  勝っても負けてもWCSが終わった時はきっと涙を流すと思っていた。ところがそんなものは一滴も出ない。悔しいを通り越して、自身への怒りだけが押し寄せる。オレにとってこの結果は生きる意味を見失うものであり、自身への不信感に拍車をかけるものとなった。

 

 


【自分を大切にすること】


  如何なる結果であれ、応援してくれた人にはそれを報告する義務がある。各所にその報告を行うと、ある大切な人からこのような言葉が返ってきた。


"自分を大切にすれば、人に優しく出来るから、まずは、今日のお疲れさまな自分を労ってあげて!"


  結果報告と合わせて、自身のゲーム外における不足も語ったからなのだろう。きっと次へのヒントになる。そう思える人の言葉でありながらも、オレはこの言葉の意味が分からなかった。


  そもそも自分を大切にするとは何なのだろう。例えば、好きな甘い物をたくさん食べること。好きなだけ寝ること。友達と一緒の時間を過ごすこと。


  いずれも間違いではない。ただ、そういうことではないのはなんとなく分かる。そもそもそれらをしたところで、人に優しくなれるだろうか。WCSで優勝できるだろうか。まずありえないだろう。それらは見方を変えれば浪費であり、怠惰であり、惰性だからだ。


  じゃあいったい何なのか。何も見えてこないまま自身への怒りに振り回されていたオレは、恥を忍んで頼れる仲間数人に言われたことの話を打ち明ける。


  すると返ってきたのは、オレ自身の傲慢さや、無駄を切り捨てる遊びのなさを指摘するもの。勝ち負け以外の大切さを知るように伝えるものだった。


  自身の様々な不足は元々ある程度知ったうえで修正するか、今は捨て置くか取捨選択を行っている。しかし今思えば憧れへの情熱を免罪符に、ずいぶん多くのことを切り捨ててきたように思う。それが失敗に繋がっているのだとしたら、支えてくれる人に申し訳が立たない。


  そう思う気持ちもある故に、彼らの言葉が正しいことは分かる。しかし、何一つ具体的な話が出てこない。これから先、オレはどうしたらいい? 何をしたらもっと強くなれる?


  それを考えるのは自分の役目だ。誰かに答えを貰うものではない。分かっている。それは分かっているけど、いったい何をもってして自分を大切にするというのか。


  冷静に考えているつもりでも、頭が真っ白になっていたオレがその問いに答えを見出すことは叶わなかった。

 

 


【プロプレイヤーである以上に】


  WCS2018、その予選でオレを破ったプレイヤーの1人に"JIN"という男がいる。彼はプレイヤーとしてトップクラスの実力を持つわけではなく、プロプレイヤーでもなければ、オレが知る限り称賛を浴びるような成績を残したことは一度もない。


  元々いくらか交流はあったものの、実際に会うのは初めて。試合前、そんな彼のある行動にオレは度肝を抜かれるほどの衝撃を受けることになる。WCSポッ拳シニア部門で小学生くらいの子供が配信台で試合をしていた時のことだ。


  ガードもままならないような年少の子を見るやいなや、JINは持ち前の大声でその子を応援し始める。無論その子は彼の知り合いなどではない。その声は次第に他の大人プレイヤーを巻き込み、会場全体が年少の子を応援するムードへと変わったのだ。


  どう見ても実力差は歴然。加えて知り合いでもない子供のために、どうして単身声を張り上げて応援することができるのか。自身の試合を控えているにもかかわらず、どうして他のことに力を割くことなどできるのか。なんで、なんでそこまで……


"You are hero."


  英語を話すことができないオレは、JINのもとへ寄って肩を叩き、ただそう伝えることしかできなかった。


  そしてJINとの戦い。既に一度負けており、後がなくなっていたオレは彼に逆転負けを喫してしまう。彼の勝利を讃える一方で、頭が真っ白になっていたオレは独りホテルの自室に戻ることにした。


  ベッドへ横になると、浮かんできたのは敗北した瞬間ではなく、JINが年少の子を応援する姿だった。


"なんだよ。プロのくせに人としてもプレイヤーとしても負けてんじゃねえか"


  ほぼ無意識の中で独り言のようにそう漏らしたことで、偶然ではない決定的な敗北を痛感する。


  その翌日、大会も佳境を迎えており、壇上での試合を控え席を離れられない日本人プレイヤーに対し、JINは自分の観戦席も取らずにこのような声掛けをする。


"喉は乾いてないかい? 欲しいものがあれば買ってきてあげるよ"


  ったく、どこまでヒーローなんだよあんたは……。この声掛けには他の日本人プレイヤーも驚いたようで、JINの思いやりにとても感謝していたことを覚えている。実際に彼は笑って要望を聞き、走って水を買いに行っていた。


  加えて彼は、ポッ拳部門が終わったWCS最終日において、世界対抗戦のクルーバトルを記録に残し、その場にいない全てのプレイヤーへ届けるために各種機材を持参する。そして戦いたくて仕方がないプレイヤーの気持ちを盛り上げ、自らは裏方に徹していた。


  そしてオレはようやく理解した。誰よりもポッ拳が好きだからこそ、コミュニティのためになることを実践していくこと。その過程において笑顔を絶やさないこと。


  eSports界隈ではよく、そのタイトルが盛り上がるかどうかはスタープレイヤーの有無によって決まると言われている。ゲーム内での強さはもちろん、JINのような行動と振る舞い、心の在り方こそがスタープレイヤーと呼ばれるに足る重要な素質であるということを。


  それは即ちヒーローになるということ。これはスポンサードされているかどうかなどの肩書きで決まるものではなく、その人となりで決まるスタープレイヤーになり得る可能性のことだ。


  肩書きだけのプロプレイヤーじゃない。プロプレイヤーである以上に、そのコミュニティのヒーローであること。本物のプロになるため、オレに必要なことは何か。JINからはその多くを教わったように思う。

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↑写真はJINとのツーショット

 

 


【怖い時、不安な時こそ】


  WCSから帰国して10日後、日本でユーザー主導のポッ拳大型大会"カントートーナメント4"が開催される。公式大会に匹敵する規模となったこの大会で好成績を残すことは、次期公式戦で勝ち上がるためにも欠かせないポイントだ。


  しかし、帰国後引っ越しを間近に控えていたことに加え、大会スタッフでもあったオレは直前の準備や打ち合わせに時間を取られ、全く練習することができなかった。いや、正しくは自信の喪失とともに、多忙を言い訳にして練習から逃げていたのかもしれない。


  今までのやり方では1番にはなれない。そして今のオレには誇れるほどの実績も、人に優しくできるだけの器もない。どうせまた負けるんじゃないか? どうせ偽者のプロなんじゃないのか?


  開会式を終え、これから戦いが始まるという時。敗北への恐怖。憧れが遠ざかっていく不安。そんな気持ちに苛まされた時、ある言葉が頭をよぎる。


  大好きなアニメ"僕のヒーローアカデミア"(以下ヒロアカ)で、No.1ヒーローと呼ばれる存在"オールマイト"が、大会で勝利したのも自分は運に恵まれただけだと項垂れる主人公"緑谷 出久"(通称デク)に言った言葉だった。


"怖い時、不安な時こそ、笑っちまって臨むんだ"


  オレは負けた。でも、それでもなお来年こそは世界一を獲るんだって今も思ってる。そうだよ、まだこの想いは消えちゃいない。ならばせめて、あの惨敗を糧にして前に進むんだ!


  オールマイトの言葉に背中を押されたオレは、無事に予選を突破。配信台でこそ負けてしまったが、結果は100人オーバーの大会でBest12となった。


  そして誰よりも笑って戦いに臨んだオレの姿を見て、世界最大規模のポッ拳情報サイト"PokkénArena"を取りまとめる人物の1人"Jetsplit"が称賛のDMを送ってくれた。

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  また、今年5月にeSports実況解説者のプロとして歩み始めた"ふーひさん"は、オレの配信台での戦いにおいて


"ピンチを前によく笑う漢クロスいがらし!"


  と、実況してくれた。この時の心境は当然誰にも伝えていないが、WCSからの帰国直後にヒロアカの映画を一緒に観に行ったことで、オレがどういう気持ちで臨んでいるのかを読み取ったのだろう。なお、ふーひさんはヒロアカに触れるのはこの時が初めてで、それまで漫画もアニメも一切見ていない。


  この僅かなヒントをもとに、プレイヤーを最大限魅力的に伝える力を持つ彼は正しく"プロ"だと言えるだろう。オレとふーひさん、両者をよく知らなければこの実況の素晴らしさは伝わらないからこそ、今ここにそのことを記しておく。


  何よりプレイヤーとしてトップを目指すオレが、その姿勢を崩さずにコミュニティへ出来ること。そのヒントをオレはこの大会で掴めたように思う。

 

 


【約束】


  こうして2018年ポッ拳の夏は終わりを迎えた。これから先、年を越すまでは公式戦が開かれることはないと思われる。ポッ拳の熱は春先から始まり、WCSを集大成とするもの。


  秋冬は翌年に向けて備えていく静かな時間となることが多く、故にこの時期が最もプレイヤーが離れていく可能性が高い時期でもある。


  そんな中で来年ワシントンD.C.にて開催が決定したPokémonWCS2019においてポッ拳部門を存続させるには、ゲーム内における自己強化のみならず、ポッ拳というゲームの魅力、およびそこで戦うプレイヤーのドラマを発信していくことが必要となるだろう。


  幸いWCS2018ポッ拳部門のグランドファイナルは、YouTubeにて100万再生を間近に迎えており、十二分なポテンシャルを秘めていることが分かる。あとはコミュニティの努力次第とも言えるだろう。


  ならば"プロ"としてオレに出来ることは何か。eSportsの聖地と呼ばれることもある場所へ引っ越してきた今なら、出来ることは今まで以上に増えてくるだろう。環境は整えた。ならば、あとは正真正銘オレの頑張り次第。


  WCS2019ポッ拳部門にて、今度こそオレが世界一、最強のプレイヤーになること。そして憧れの人のような最高のヒーローになるために。そう強く思うのは、WCSの予備日となった最終滞在日でのある出来事がきっかけだ。


  オレが世界一憧れる人であり、ポケモンの生みの親の1人である"増田 順一さん"。その増田さんがホテルからチェックアウトしようとしていたところに出くわしたオレは、感謝を述べると同時にこれからのポッ拳に対する期待と不安と情熱を手短にぶつける。


  すると増田さんの口から出てきたのは、あるWCSスタッフの話だった。これまで本家"ポケットモンスター"シリーズの部門(通称VGC)で代表として参加したこともある人がスタッフとして活動するのを目の当たりにし、驚いた増田さんは声を掛け、理由を聞いたのだという。


  その理由とは"WCS存続のためにスタッフ職への転身を決めたため"だった。


  どういう事情があってそうするまでに至ったのかオレには分からない。それでもPokémonWCSという最高の舞台を愛するからこそ、その人は自分に出来ることをしようと決断したのだろう。


  大会において注目を集めるのは選手だ。選手こそが華であり、スターであり、主人公だ。それは間違いない。でも、それを支えるのは世に名前が出ることもない多くのスタッフの尽力であることを、オレたちプレイヤーは忘れてはいけないということをこの時オレは強く感じた。


  WCSを愛する人の話に感銘を受けたオレは決意を新たに、関係者から呼ばれその場を後にしようとする増田さんへこう伝えた。


"また来年、WCSで会いましょう"


  そう言い放ったオレに対し、あの人は自ら手を差し出し握ってくれた。


  相変わらず自分のことはあんまり好きになれないし、それどころかクソ雑魚が! と、すぐにキレたくなる。許せなくなる。でも、あの人が応援してくれるなら大丈夫。


  自分を信じられなくてもいい。憧れた人を信じる。憧れた人が信じるオレを、オレは信じるんだ、と。


  そしてオレは勝つ。オレで勝つ! この先どんな困難にも立ち向かい、笑顔で乗り越えて世界一になってみせる。


  それがオレが憧れた最高のヒーローとの約束だからだ。

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五十嵐翼:オリジン

【オレとポケモン

 ポケットモンスター。縮めてポケモン。1996年2月27日にゲームボーイ専用ソフトポケットモンスター赤・緑を発売後、関連ゲームの世界累計出荷本数が3億本を突破している言わずと知れたビッグコンテンツだ。

 1991年5月9日に生まれたオレは所謂ポケモン世代であり、今年で23年目を迎えているポケモンという存在から多大なる影響を受けてきた。

 そのポケモンの生みの親の一人であり、世界中に多くのファンがいるトップゲームクリエイター"増田順一"さん。
 
 子供の頃、その存在は知らずともゲームのエンディングで「ますだ じゅんいち」の名を何度も目にしていたオレは、上京をきっかけにその人と出逢うことになる。
 

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 2012年8月5日、ポケットモンスターブラック2・ホワイト2のファンミーティングで初めてその姿を目の当たりにし、2人で写真を撮らせてもらうことができた。それからというもの、イベントのニュースがあるたびにオレは彼を追い続けた。

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 オレはポケモンに数え切れないほど助けられ、育てられてきた人間だ。

 友達が一人もいなかった時。ミスが重なって落ち込んだ時。そんな時にいつも助けてくれたポケモンという存在。それらに抱いていた思いやりや勇気、絆といった平和の象徴とも呼ぶべき概念を、この世界で体現したのが増田さんという存在だとオレは思っている。

 一例を挙げると、東日本大地震の被害受けた東北を支援する「POKÉMON with YOU」というプロジェクトでの出来事だ。毎年震災のあった日に増田さんはポケモンセンターを訪れ、募金を呼びかける活動をしている。

 福島県出身のオレには大変ありがたいことだが、身も蓋もない言い方をすると、募金というのはする側にこれといったメリットはない。もっと言うと金を失うだけだ。そこに実益はない。

 しかし、彼が呼びかけた時に集まる老若男女・国籍を問わず集まった人の表情は、達成感と平和への祈りというメリットデメリットを超越する満ち足りたものだった。集まった人たちが普段どんな人かは分からない。でも、その時その瞬間の心は間違いなくヒーローそのものだったと思う。

 トップクリエイターという存在である傍ら、善意を引き出し人をヒーローにするヒーローでもある。

 そこにポケモンの生みの親たる原点を見たオレは、世界一憧れるヒーローたるあの人に認められるような人になりたいと強く願っている。

 しかし、その結果背中を追うようにして挑戦したゲームクリエイターへの道は、始めからする会社を除いて就活中一度も面接に進むことはなかった。適性を考慮することもなく、憧れだけを理由に何の努力もせず、現実性が見えないまま進んだ結果がこれだ。

 今はゲームクリエイターという道に僅かたりとも未練はなく、その失敗自体は乗り越えている。しかし、形を変えてでも追いつきたい。その気持ちは今でも変わることはない。



【異端者にして破綻者】

 これを読んでくれている人は、オレが「自分がポッ拳以外のことをやっていると練習をサボっている気がする」と言ったらどう感じるだろうか。

 「練習熱心なゲーマーの鑑だ」と感じる人もいれば「ゲームのことしか考えてないってどうなんだろう」などと感じる人もいるだろう。

"特別を得るために普通は求めない"

 これはオレが勝つために自分を律する言葉だ。

 例えば、家で冷たいジュースを飲むこと。友達と通話をしながら新作のゲームを遊ぶこと。好きな歌手のライブに行くこと。

 人によって異なるだろうが、多くの人が上記のような日常を過ごすことはあるだろう。しかしオレはどうなのかと言うとほとんどそのような時間を過ごすことはなく、そもそも家に冷蔵庫がない。

 一人暮らしということもあってろくに料理をしないこと。冷たいものを摂取することによる体の負担を回避すること。

 一見聞こえはいいが、その根底にあるのはWCS参戦のための資金括りだ。自費での参戦となればざっと20万はほしい。それを年一で出すというのはなかなかにハードルが高い。

 そもそもオレは英語もできなければ、プログラミングもできない。営業なんてしたことがないし、経営なんぞ何を言っているか分からない。お金になるスキルを持たないオレは、27歳になった今もボーナスさえ出ることのない一般企業の契約社員として働いている。恥ずかしい話だが、これが現実である。

 しかし、それでもオレはWCS優勝の夢を捨てたくはない。諦めるなんてのは誰でもできる選択肢で、ならば現実を見たうえで実現のための選択を行う。

 シワ寄せは決して少なくないが、常に物事の優先度を考えて行動する合理的判断。それを続けることが唯一の手段であるとオレは考えている。

 しかし、こういった思考の一端を語った時、最上級の理解者の一人と思っている友人から言われたことがある。

"クロスさんはかっこいいと思うけど、その考え方についていける人はほとんどいないよ"

 オレが初めて優勝したEVO JAPAN 2018の祝勝会でのことだった。やっかみで突っかかってくる他人の言葉ではない。良き理解者が打ち明けた、オレが忘れようと振り払ってきた価値観だ。

 冷静に考えれば当たり前のことだと思う。幸運に恵まれ結果が出たからいいものの、0か100かで戦うなどやり方として破綻している。しかし、それでも勝とうとするオレの異端なる価値観は、傍にいる者ほど痛ましく映ったのだろう。

 こんな人間だからか、生まれてこの方一度も恋愛という形で誰かと付き合ったことがないし、友達と接していても他の人といる方が楽しいんだろうなと感じることがとても多い。

 このとおり、決して誰かに憧れられるような人生など歩んではいない。でも、オレ自身は無理をしているつもりなんてない。数年間を無駄にして借金にまみれ、放っておいても地獄に落ちる光を浴びることなんてなかった人生において本気で取り組めることがあることは幸運だと思うからだ。

 そんなオレが願うことはただ一つ。

"ずっと支えてくれたポケモンたちと共に、オレだって主人公ヒーローに……!"



【ぶつけろ!正論】

 今でもポケモン映画のエンディングを観ると、いつかここに名前を刻みたいと思う自分がいる。

 こんなことを言っていると、かのスマブラを作ったトップゲームクリエイター"桜井政博"さんの言葉を思い出す。

"クレジットとは名前を残すためではなく、作品に対して責任を示すためのものだ"

 こんな意味の言葉をゲーム雑誌の連載の記事なんかで読んだことがある。全くもってその通りだと思う。大雑把にポケモンに関わって名前を残したいなんて思うことが恥ずかしくなってくる。そして思い出す。

 今まで何度も参加してきたポケモンのファンミーティング。その質問コーナーで「将来ポケモンに関わる仕事がしたいです」から始まる質問を何度聞いてきた?

"ポケモンに関わる仕事を"

"ゲームで1番に"

 同じことを考えてる奴なんて腐るほどいる。なのに、あたかも自分が特別な存在であるかのように、自分の情熱が1番だとでも思ってたのか?

 恩返しなんてただの口実。ポケモンに関わるんじゃなくて、また助けられようとしているだけ。馬鹿かよ!

 山ほどいる志望者の中で、オレを採ることがポケモンにとって最大リターンであることを証明すること。あの人に並ぶってことは、超えるってことはそういうことだろうが!!

 ビジネススキルに欠けるだけでなく、気遣いも決して上手くない。人前に出れば声は裏返るし、早口で何言ってるか分からない。顔は肌荒れするし、オシャレのセンスも絶望的。

 でも、こういうオレの欠点は幸いなことに一つ一つを見れば現実的に直せる範疇のものばかり。ただ、その数があまりにも多いだけだ。

 その現実とどう向き合っていくのか。他人に正論を叩かれても煩わしいだけ。ならば、その正論をどこまで自分に言えるかどうか。

 


"1番にならなきゃ意味ねえんだよ!"


 日本代表決定戦の大会を終えてツイートしたこの言葉の真意は、たとえ世界の舞台に立とうとも勝ち上がらなければ観てもらうことさえ叶わないという現実を知っているからだ。

 公式世界大会ポケモンWCS2016、開発元が別会社のタイトルでありながら、オレの願いを聞いてあの人が観戦に来てくれた時、オレは既に敗退していた。観てもらえたのはグランドファイナルを戦った2人だけだった。

 勝負の世界、その厳しい現実。ゲームの中に留まらない、呆れるほどの自分の不足。それらとどう向き合い、乗り越えて勝利するか。考えて行動し続けることだけが、僅かながらも可能性を作ることに繋がっていく。

 その過程で怖い時、不安な時は思い出せ。何のために向き合うのか。戦うのか。その原点が限界の少し先へと背中を押してくれると信じて。



【何故、今"ポッ拳"なのか】

 こんなオレだが、今年はポケモンゲーム公式世界大会WCSへの出場権を自力で勝ち獲っている。思えば今年1月28日、EVO JAPAN 2018で優勝して以来、今までとは比較にならないほどの成績をあげてきた。

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 6月10日に行われたポケモンジャパンチャンピオンシップスで3位となり、公式ホームページのどこにも記載が見当たらない準優勝者への現地予選からの招待権利を繰り上げという形で手にしている。まったく我ながらよく出来た話だとは思うし、つくづく試されてるなとも感じている。

 そんなオレがポッ拳というゲームに力を入れ始めたのは、ポッ拳初の公式戦となった闘会議2016にて家庭版の発売とポケモンゲーム公式世界大会WCSの種目になることを聞いたのがきっかけだ。

 2016年では人生を諦めた負け組の巣窟のような会社を辞めて自費で挑戦したが、2017年は実力もお金も足りず参戦さえ叶うことはなかった。どんな思いで取り組もうとも、所詮はただの凡人だと何度自覚したか分からない。

 そんなオレ個人の状態に加え、まだ歴史の浅いポッ拳というゲームは、他の対戦ゲームと比較して決して人口が多いゲームではない。情熱を持って取り組んできた多くのトッププレイヤーが来年も公式大会の種目として残るのか不安を抱えているし、そういうこともあってか少しeSportsに知識がある人ほど悪意のない無邪気な煽り行為をしてくる人がとても多い。

ポッ拳一本でいくつもりなんですか?」

「◯◯っていうゲーム、始まったばかりで人口少ないけど勝ったらすげえ賞金貰えるんでやりませんか?」

 関係ねえわ。1000万人の人口がいようとも、賞金1億積まれても関係ねえ。自分が好きな対戦アクションというジャンルで、 WCSという最高の舞台で戦えるのはポッ拳というゲームを除いて他にないのだから。

 WCSにこだわるのは、ひとえに憧れの人の前で最強を証明できる舞台だからこそ。だからオレはこのゲームを始めから世界一になるために購入しやってきた。開発元が異なるので憧れの人から優勝トロフィーを受け取ることはできないかもしれないが、それでもこれが過去の失敗から学び、自らの適性を鑑みた最優の選択だ。

 そんなオレはプロプレイヤーにまでなったが、そもそもポッ拳というゲームのコミュニティにオレが貢献してきたことなど微々たるもの。プロ契約をしたところで生活が変わることはなかったし、オレの行動にどれほどの価値があるのかは自分でも分からない。

 オレが優勝することでコミュニティが盛り上がるなどという考えは微塵もないし、そもそも個人的目的が第一のプロってそれでいいのかという不安もある。

 でも、このゲームみんな本気でやってる。それにぶつかり、勝つってことがどれほど価値があるのかをオレはよく知っているから。

 だからどうか世界中の人に観て欲しい。正真正銘最強の座。それを世界中のプレイヤーが獲りにいくこの瞬間を。原点にかけて、オレも本気で獲りにいく。

配信はこちらTwitchから。



【最高のヒーローへ】

 今までWCSで優勝することこそが人生最大の夢であり、それさえ叶うなら死んでもいいと思っていた。

 でも、この手でこの足で、今WCSの舞台に立つ日を迎えて思うことがある。優勝して世界一になる。憧れのヒーローに追いつくってのは、超えるってのはその先に行くことなんだって。だからオレは勝つ!

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 いくぞ、ルカリオ、みんな。いつかの架空ユメを現実に。オレが憧れた最高の舞台……その、さらに向こうへ!

 そして、オレが憧れた増田順一さんさいこうのヒーローへ。

 あなたの目の前で、正真正銘最強のプレイヤーになってみせます。観ててください!

プロの条件

 昨今ゲーマー業界ではeSportsと呼ばれる対戦ゲームの競技化に伴う様々な問題と発展から"プロとは何か"について議論が行われている。

 そんな中、2018年3月9日オレはeSportsチーム"V3Esports"(以下V3)に加入することを発表。

 プロゲーマーとは、例えば車の免許のような資格取得はなく、明確な定義がない。ゲームをしてお金を稼ぐことが定義だとすれば、例えばYouTuberなどもそれに該当してしまう。それはもうYouTuberとして確立しており、わざわざプロゲーマーと言い直す必要はない。

 そんな中で一般的に定義のように認知されやすいものとして、団体からスポンサード(支援)されていることというものがある。この不明確ながら比較的認知度の高いものにオレは該当することとなった。

 しかしオレは、発表時のツイートおよび100を超える全てのお祝いメッセージへの返信において、自分は"プロゲーマー"だとは一言も言わなかった。それが何なのか。自分にその資格があるのか分からなかったからだ。それからというもの

"プロとは何か"

 自らのありとあらゆる行動と思考において、それを考えることがとても多くなった。その過程で多くのプロ、またはそうなり得るであろう人から学び、感じたことをまとめてみようと思う。

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【プロの誇り】

 V3に所属してから最初の公式戦となるSpringFist。日本の公式戦では珍しい2本先取制のダブルイリミネーション(敗者復活戦がある)というルールが採用され、実力がより結果に反映されやすいルールでの戦いとなった。

 チーム所属後初ということもあり、チームのマスターが見守る中で初戦からEVO JAPAN4位の強豪"clown選手"のジュカインと激突。これを破るも続く2回戦で公式世界大会2位にしてEVO JAPAN優勝時の相方"Mikukey選手"シャンデラにストレートで敗退。

 ルーザーズトーナメント(敗者復活戦)に回ってからは、マスクド・ピカチュウガブリアスサーナイトそれぞれをパートナーとした強豪プレイヤーを倒し続け、その後一度敗退しているMikukeyシャンデラと再戦。

 チームのマスターが観ていることから、オレを採用したことを後悔させないようMikukey選手だけは彼の目の前で倒さなければいけないと思っていた。EVO JAPANは2人の勝利であり、オレがチームに所属することとなった一因だからだ。結果は2-1で勝利。

 

 しかし、その後対戦したゲンガー最強候補筆頭の"たるたろ選手"に1-2で惜しくも敗退。予選通過とはならず、Top16に終わった。

 

 多くの強豪を破ったものの、それでも予選敗退という事実。世間からはプロとして見られる一方で、昨今の発展によって生まれた量産型だと厳しい目も向けられることだろう。

 その一方で日本人選手においてポッ拳界で最も早くゲーミングチームに所属しており、名実共にプロとして認められている"あざぜる選手"は予選を突破。

 壇上に上がることが確定した彼に悔しいながらも「おめでとう。やるじゃねえか」と言うと、いつもの飄々とした様子でこう返してきた。

"おう。俺はプロだから"

 悔しかった。照れ隠しと自身のキャラクター性から出る煽りじみた表情と言葉だったが、自らを"プロ"と名乗るその覚悟を確かに感じたからだ。

 彼は2016年の公式世界大会に繋がる国内予選において、明らかな制作側の調整ミスによるあまりにも脱出困難な攻撃(所謂ハメ)を破り、日本代表選手となった。

 この戦いの後に彼はプロチームに所属。以後長きに渡りプロとして活動している他ゲーム出身のプロプレイヤーとも肩を並べ、イベントの出演も行なっている。

 世間から見れば出演者の経歴など関係がない。同じプロゲーマーとして同等の厳しい目で見られる一方で、おそらくは他のプロゲーマーからは「誰だお前は」と思われている可能性があることを彼自身が1番よく知っていたはず。

 その多くのプレッシャーを跳ね除けてきたからこそ、あの言葉が言えたことをオレは分かっていた。

 それに比べてオレはなんだ。ずっとなりたかったプロゲーマー、どういう形であれ世間からそう見られる立場となったにも関わらず、自らそう名乗ることはなかった。

 明確な定義がないこともあっての謙遜のつもりだった。でも、そこに1%でも逃げの気持ちがなかったかと己に問いただすと返答のしようがない。馬鹿かオレは……

 どんなにプレッシャーがあっても、堂々とした在り方を見せるあざぜる選手に"プロとは何か"その回答の一つをオレは見せつけられたように思う。

 その日の夜、オレは自身のツイッターのプロフィールにプロゲーマーであることを明記した。落ち度があっても現実と向き合う。その覚悟を自身に示すために。



【全てを力に】

 SpringFistの後には打ち上げがあり、オレはその日実況解説を務めた"ふーひさん""おおさかさん"と共に過ごしていた。

 そこで上記のことを打ち明けると共に、オレはもう一つ気付いたことを話した。それは"幸せになる覚悟"がオレにはなかったことだった。

 オレは過去に大きな成功を成した人間ではなく、ましてや奨学金という名の借金を背負う身で、誰に羨ましがられるような人生を歩んできたわけでもない。

 V3に所属したとはいっても専業ではなく、主な稼ぎはとあるコールセンターのような仕事の契約社員でしかない。

 かつて4年間専門学校に通いゲームクリエイターを目指した就活では、一度足りとも面接に進むことなく惨敗。とある会社に就職するも、安月給と度重なる出張、社員の病的なまでの負け組感漂う人生観に将来を見失いそうになったことから退職。

 続く第二の会社では、高額の給料の代わりに漫画かドラマでも見ているかのようなブラック企業に心を折られ2ヶ月で退職。

 第三の会社が今のものであり、今までの中で一番環境はいいものの、おそらくAIの発展と共にあと数年でオレがやっているレベルのことは仕事として成立しなくなることに気付いている。つまり、オレの代わりなどいくらでもいるということだ。

 社会的価値の低い人間。その自覚があるからこそ、オレは自らプロゲーマーを名乗ることをしなかった。

 でも、それを聞いたおおさかさんはオレにこう言った。


"人は誰かに許されたくて生きている"

 それは自分にかもしれないし、あるいは他の誰かにかもしれない。

 お金や仕事のスキルに悩まされる度に、オレはいったいいつまで過去の清算をしなければいけないのかと思うことがある。

 でも、そんなオレがやっとプロゲーマーと呼ばれるところまできた。もちろん借金の返済など課題は山積みだ。挑戦をしていく以上、課題は過去の清算だけに止まらない。

 それでも、オレは選ばれてここまできた。勝ち獲ったんだと自分を認めていいことに気付かせてもらった。

 きっとあの言葉は、他の人から言われたら同じように感じることはできなかったと思う。大切なのは何をした人か、している人か。

 ポッ拳においてオレが知らない初期時代からコミュニティを支え、オレが優勝したEVO JAPANでも実況解説を担当。今なおポッ拳を盛り上げてくれる人だからこそ胸に響く言葉だった。

 そしてふーひさんからはこんな言葉が。

"身の丈に合わないものを被っていた方が人は成長できる"

 オレが初めて接したポッ拳プレイヤーであり、以後プレイヤーとしては離れるも、今度は実況者として公式イベントに出演することとなったふーひさん。

 今後はポッ拳非公式イベントや他の場で経験を積みつつ、次世代の実況者として大いに活躍していくことだろう。

 そんな彼もまた並々ならぬ困難を乗り越え今があることをこの時教えてもらうことができた。

 そもそも実況者とは気軽にできるようで、一般の人とプロが行うそれとは比較にならない。にも関わらず経験を積むことは容易ではないため、これからも厳しい場に何度も出くわすことだろう。

 しかし、ふーひさんならそれを乗り越えられると確信したことがある。SpringFist一週間後のイベント『第2回カントーポッ拳だいすきクラブ』のサブイベント、登場後僅か1日しか経っていないカメックスの実況において発した一言だった。

"生意気な補正切りはパワータイプの特権"

 鳥肌が立った。これは大規模大会『第3回カントートーナメント』優勝者の最強ガブリアス使い"ばんぎ選手"ツイッターにおける一言だ。

 同じパワータイプであるガブリアス使いだからこそ出てくるこの絶妙な言い回しを、ふーひさんは逃さず自分のものとしていた。

 経験を積むのが容易ではない実況の世界において、常にあらゆるものから吸収し、己の道へと役立てようとする姿勢。

"プロとは何か"

 これからプロの実況者として成長していくであろう彼は、早くもその片鱗とプロであることの答えの一つを見せてくれたように思う。



【コミュニティに熱を】

 話は少し戻り、SpringFistにおいてポッ拳と共に種目の一つとして選ばれていたARMSというゲームがある。

 ARMSとはSwitchで発売された対戦ゲームの一つで、その歴史はまだ浅い。オレはこのゲームをプレイしたことはないが、ポッ拳とARMSのコミュニティが合同で大会を開くにあたり、ARMS界を牽引する"げんげん選手"そして"CALM選手"と友達になることができた。

 そんなこともあってSpringFistのARMS部門は楽しく観戦していたが、一つだけ疑問があった。今やプロチームに所属し活躍する"Pega選手"が快進撃を続ける中で、壇上に上がるプレイヤー以外も声を上げ、凄まじい熱気に包まれていたことだ。

 まるで全員が壇上に上がるトッププレイヤーを本気で応援しているかのよう。一方でそのほとんどが自身もまたプレイヤーであるにも関わらず、外野から見る限り悔しさのような感情が見て取れなかった。

 一方のポッ拳はといえば敗北後も元気に声を出すようなプレイヤーはほとんどおらず、壇上に立ったプレイヤーが所謂身内でない限りは静かに観戦といった様子だ。公式世界大会の出場がかかった大会に負けたのだ。悔しくて当たり前に決まっている。

 かく言うオレもその一人で、とても声を張り上げて誰かを応援するような気持ちにはなれなかった。プロにもなっておいて、負けてへらへらしてるような奴と思われるのも癪だったからだ。

 そのため、ポッ拳プロデューサーの"星野さん"から「いがらし~ARMSめっちゃ声出てるからポッ拳も頼むよー」と言われていたが、ハァ……と空返事を返すばかりで、拍手こそしていたものの声を張り上げるようなことはしなかった。

 ARMSのPega選手の活躍ぶりは見ている分には面白いが、もし自分が同じゲームでトップを目指すプレイヤーだとしたら黙ってはいられない。

 本気でトップを狙っているのだとしたら、他の壇上に立てなかったARMSプレイヤーはなんとも思わないのだろうか。オレには不思議で仕方がなかった。

 その疑問を抱えたまま1週間が経過。ポッ拳の対戦会イベントで再開したげんげん選手と共にスマブラDXのプレイヤー"bozitoma選手"から五神と呼ばれるスマブラDX界のスター選手の話を聞いていた。

 正しく"プロとは何か"その好例を聞く一方で、1週間前から抱えていた疑問をそれとなくげんげん選手に投げかける。ARMSプレイヤーはいつでもあんな感じなのか、と。

 彼もまたプレイヤーの一人だ。あの大会の時、壇上の下で選手を見上げながら何を考えていたのか知りたかった。そして、そこで返ってきた言葉にオレの予想は裏切られる。

"大会は盛り上げるけど、打ち上げではみんなすごい悔しがる"

 当たり前のことだった。なら、何故彼らは声を張り上げるのか。それはまだ歴史が浅く、プレイヤー人口も決して多くないからこそ、コミュニティ全体でタイトルの熱気をアピールする必要があったからだ。

 ストリートファイタースマブラのような巨大なコミュニティであれば、プレイヤーと裏方など役割が明確に分かれていても人材不足には陥らない。

 でも、まだ発展途上のARMSやポッ拳で大会スタッフ等の裏方をしている人は、プレイヤーを兼任している場合がほとんどだ。人口が少ない以上、誰かが率先して動かねばコミュニティの拡大が見込めない。

 だからこそ個人の感情を抑えて熱気をコミュニティ全体で伝え、反省は後から行っていた。

 SpringFistにおいて3タイトルのラストを飾ったのはポッ拳であり、公式世界大会の切符もかかっていたことから一番の目玉となっていたのは間違いない。にも関わらず、コミュニティ全体がより熱気に包まれていたのはARMSだったように思う。

 プロになったくせにコミュニティのことを考えず、自分のことしか考えてなかった。壇上に上がった選手を次の大会で倒すために黙って動画を撮ってた。

 んなもんTwitchのタイムシフト見とけよ。負けてもへらへらしてると思う奴には思わせとけ。関係ねえ。上にあがりゃあ関係ねえ。なのに、何やってんだオレは……

 当日も感じていた反省点に上乗せするように、プロとしての初戦、オレの成績も振る舞いも全てにおいてプロ失格だったことを思い知る。

 プレイヤーでありながら数々の大会を主催し、TwitchアンバサダーとしてSpringFistにおけるARMSの配信チャンネルとして採用されるまでに育て上げたげんげん選手。発展途上のタイトルのプロがどう振る舞うべきか、オレは彼からそのヒントを教わった。

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【積み重ねていくこと】

 3月31日。付き合い5年を超える仲間が持ってきた不思議な縁により、.hackシリーズで知られるゲーム会社サイバーコネクトツー"松山社長"に会ってきた。

 松山さんは自身が執筆した本"エンターテイメントという薬"の感想を送ったオレの仲間の「会って話がしてみたい」とのツイッター上のリプライに「じゃあ会いましょう。いつがいいですか? 会社を案内しますよ」と返答したのだという。

 この時点で一般的な"ゲーム会社"および"社長"というものが持つイメージと一線を画していることは想像に難くない。

 そんな松山さんに会ってみようと思ったのは、このあまりにも不思議な人から"プロとは何か"の答えを見つけたいと思ったからだった。

 土曜日だったこともあり社員さんは誰もいなかったが、松山さんはサイバーコネクトツーとはどんな会社かプロジェクターに映した資料と共に説明し、その後社内をくまなく見せてくれた。

 かつては憧れたゲームクリエイターの世界だからこそ、松山さんが説明することとその意図の多くをオレは理解できたように思う。

 オレや仲間を呼んでくれたのもクリエイターとしてのインプットのためであり、松山さんはランチは必ず誰かと一緒に食べることをマイルールとしているのだという。

 ゲーム業界だけでなく、そこと関係を持つ漫画など別の業界とも接点を持ち、情報をオープンにすることで他社との情報交換をスムーズにする。他にも地域や学校との縁も持つ。

 ゲーム会社といえば機密事項だらけだと思っていたが、成長と発展を続けるため松山さんはこのようにしていた。

 それらの話を聞く最中、今回の目的だった"プロとは何か"の回答に繋がる質問をオレは探していた。

 そして出したのは何故オレがゲームクリエイターになれなかったのか。それに繋がるものとして、ゲームクリエイターを目指す学校にはどんな意味があるかという質問だった。松山さんの回答はこれだ。

"学校は今まで積み重ねてきた奴が、他とは違うということを認識する場所"

 例えば絵の世界において、学校に入ってから描いた人間と、昔から教科書の隅へのラクガキでもいいからずっと描いてきた人間では決定的に差が出てるのだという。

 それを聞いた仲間はその差は絶対に埋められないのか聞いていたが、ほぼ埋められないという旨の回答をしていたのを覚えている。

 松山さんが言いたいことの意味がオレには理解できた。才能の話ではない。後から追い越せないわけでもない。努力できる量に決定的な差があることを言いたかったのだとオレは思う。

 思えばオレがゲームクリエイターを目指していた時は、タイピング以外何も知らない状態で学校に入っていた。

 高校での数学や物理は万年赤点。専門学校では4年間皆勤賞かつ、課題を一つも落とすことなくできたがそれだけだった。最低限休まないだけ。落とさないだけ。それ以上のことをやろうとしてこなかったことを自分だからこそよく知っている。

 この話を聞いてオレは、にわかながらもハマっているアニメ"僕のヒーローアカデミア"に登場する人気実力No.1のヒーロー"オールマイト"が、体育祭で一番を獲る意欲を見せない主人公"緑谷 出久"に言った言葉を思い出していた。

"常にトップを狙う者とそうでない者。その僅かな気持ちの差は社会に出てから大きく響くぞ"

 初めてこの言葉を聞いた時、正しく今の自分に当てはまると感じ、衝撃を受けたのを覚えている。いつも最低限。落としてないからオレは大丈夫。

 何百万という馬鹿みたいな借金を背負ってまで行った学校の先で、オレはその時学んだことを何一つ活かせない仕事ばかりしてきた。

 もうゲームクリエイターという職業に未練はない。それでも今プロゲーマーとなったオレが、どういう姿勢で己を磨き、パフォーマンスをしていくべきなのか。この大失敗から学ぶ必要がある。

 やっていて分かるが、ポッ拳というゲームでさえ自分が1番上手いと感じたことは一度もない。でも、上手いからやるわけじゃない。勝てるからやるわけじゃない。勝ちたいから戦うんだ。オレにはその理由がある。

 自分に正論をぶつけつつ、常に成長しようとする姿勢。何かの世界においてトップを走る者が何をしてきたのか。凄い人ほど努力をしてきた人であるという当たり前にして目を背けがちなことを、松山さんから改めて気付かせてもらった時間だった。

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【選ばれた理由】

 こんなオレがV3に所属するきっかけとなったのは、言わずもがなEVO JAPANの優勝がきっかけだ。

 大会を終えて数週間後、突然ツイッターのDMにてスカウトされた。V3のことは、友人でありスマブラDX界のレジェンドプレイヤー的存在である"CaptainJack選手"が加入したことで知っていた。

 そんなチームのマスターから声が掛かり、真っ先に頭をよぎったことは相手が本物かどうか。すぐにJackさんに連絡を取り、彼が本物のV3のマスターであることを知る。

 彼は最初からオレを入れる前提で声を掛けており、どんな支援を求めるかを聞いてきた。対してオレはまさか声が掛かるとも思っていなかったことから、質問を無視して逆にオレから何が出来るかを聞いていた。

 スポンサーが付くなら嬉しいに決まっている。それもeSportsが金になりそうだとかで立ち上げた訳の分からないチームではない。Jackさんを加入させた十二分に信頼するに値するチームだから尚更だ。

 しかしそれまで店舗大会レベルですら優勝経験はなく、何なら準優勝など惜しいと言えるような成績も出していない。もしEVO JAPANだけを見て、オレを無敗の絶対王者と思って声を掛けたならとんでもないことになる。

 V3はLoLなどのPCゲームで名を馳せたチームであり、格ゲーのプレイヤーはいない。そのためV3側のポッ拳に対する情報量が少ない可能性もあることが不安材料だった。

 そのため契約の際に初めてV3のマスター"ケビン"に会った時、オレは彼にこう言ったのを覚えている。

「オレと同等かそれ以上の強さを持つことを大前提に "より若い人" "発信力のある人" "イケメンな人" "英語が話せる人" がいる。その中で何故オレを選ぶんですか?」

 アホだと思う。ここで掌を返されるのはオレとしても困る。でもチームを騙して加入し、見込みなしですぐに解雇された場合この先プロになる可能性は完全に潰えるだろう。

 だからこそ伝えるべきだと思った。今、本当のことを。しかし、それを聞いたケビンは特段驚く様子もなくこう言ってのけた。

"僕はポッ拳をよく知らないけど、あの時、それでも応援したいと思えるものが君にはあった"

 EVO JAPANの会場で決勝戦を観ていたのだという彼の言葉に、オレはチームへの加入を改めて決意する。

 彼の選択が正しいのかは分からない。でも、それを正解にできるのはオレだけだと思った。

 上記のとおりその後のSpringFistを鑑みれば、この選択は誤りかもしれない。でも、魅力あるたくさんの人と接するうちにオレは"プロとは何か"その回答を得ることができたと思う。それは……

"信念"

 それを持っていることが、上記で挙げた人たちの共通点だったからだ。では、信念とはそもそも何なのか。やっと得た回答さえも曖昧なものだとは思う。しかし先の見えない世界だからこそ、自身が定義する揺るがぬ"信念"を持つことが、その人をプロにするのだとオレは思う。



 こんなことを思いつつ、SwitchFestに参戦。これを制覇して後、明日はいよいよ公式世界大会WCS2018への出場をかけたニコニコ超会議2018が行われる。この日が近づくとオレはある一つの約束を思い出す。

 SpringFistの後にオーストラリアに帰国した、世界中のポッ拳プレイヤーを繋ぐ最重要人物の一人にして、オーストラリア予選を勝ち上がりWCSへの切符を手に入れた"みどり選手"の言葉だ。

"WCSで会おう"

 クロスさんが優勝するとコミュニティ的に完璧だとまで言ってくれた彼との約束を果たすべく"ニコニコ超会議2018篇"が幕を開ける。

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今、オレに出来ることを

【はじめに】
 2018年1月27日(土)ポッ拳DX SPECIAL CUP at EVOJapan2018』優勝しました。
 応援やお祝いのメッセージをくださった全てのみなさん本当にありがとうございます!

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 界隈のプレイヤーはもちろんのこと、家族や友達も想像すらできなかった空前絶後の優勝。
 相方と幸運にも恵まれたEVOJapanポッ拳部門だったが、ここに来るまでのことを振り返ってみようと思う。


【本当の声】

 まず、ポッ拳を始めてから今回EVOJapanに参加するまでの非公式含む大型大会の結果を覚えている範囲で振り返る。

◆2016年
PokemonWCS2016(Bo3ダブルエリミネーション) Best16
第2回カントートーナメント(ダブルエリミネーション) ストレート負け 

◆2017年
ニコニコ闘会議2017(2on2) 初戦敗退
ニコニコ超会議2017(2on2) 初戦敗退
KSB2017(Bo3ダブルエリミネーション) ストレート負け
WCS2017愛知予選 第2予選落ち
WCS2017千葉予選 Best12 

◆2018年
第3回カントートーナメント(98人Bo3ダブルエリミネーション) Best48

 はっきり言う。弱い。自分なりに一生懸命やってはいたのだが、この結果で優勝を目指すのはあまりにも厳しい。
 それでも目標を下げることができないオレは、ツイッターのプロフィールにもプロプレイヤーを目指していると記載している。

"ポッ拳界で1番熱い漢"

 そんなふうに呼ばれることもあるオレは、当時国内外において無名のままWCS2016の現地予選に自費で参加し現地予選を突破。
 その後も勝ち上がり、Best16という無名にしては出来過ぎた結果で名を馳せたプレイヤーだ。

 それによってやる気と熱意を買われたオレは少しだけ有名となったが、これが落とし穴だった。
 買われているのはやる気と熱意であり、積み上げてきたものなど何もない。

 口先では大きな目標を掲げるくせに、それに見合った結果を出したことがないオレは関わる人を不安に陥れた。
 目の前では応援してくれるように振る舞うものの、現実と向き合い一人の大人として自立して欲しかったんだろう。

「(クロスには)好きなことに全力で頑張ってほしいけど、将来のことも気になるから一緒に頑張ってくれよ」

 実家に帰っていた兄弟から聞いた、父親のオレに対する本音だった。EVOJapan当日4日前のことだ。
 オレはいったい何をやっているのか。時間は有限。夢見てばかりでなく相応の現実を見ることの必要性を痛感させられる出来事だった。


友達ごっこじゃいられない】


 今回のEVOJapanがそうであったように、ポッ拳の公式大会ではしばしば2on2、つまりチーム戦がルールとなることがある。
 勝つためにそこで大事になるのは相方選び。当然強い人と組んだ方が勝率はぐっと跳ね上がる。

「誰か強い人を味方にしなくちゃ」「仲良くしてくれて強い人に即行声掛ければいける」

 今までそう思ってルール発表後即座に動いたが、何人ものプレイヤーに申し訳なさそうに断られ続けた。さながら就活のお祈りメールだ。
 強い人は既に別の強い人と組んでいたり、オレより早く声を掛けた別の人がいるというパターンだった。

 そこでようやく気付かされた。何故大会に参加するのか。当然勝つためだ。少なくとも自分がそうである以上、周りがそうであることに何の不思議もない。
 それを自らの実力も省みず、周りの人の良さに甘えてチームを組んでもらおうとしてた。馬鹿か、オレは……

 

"友達ごっこじゃいられない"


 いつも笑顔で話してくれる人たちがどんどんライバルに変わっていくその光景は、競争の場における現実をオレに突きつけた。
 戦いは既に始まっているんだ。そう気付いた時にはライバルは着々と準備を進めていた。

 そんな中、思わぬ人から声が掛かった。Mikukey選手。ポッ拳の公式世界大会WCS2017において2位というトップクラスの成績を出している、言わずと知れた世界屈指のシャンデラ使いだ。
 何故彼がオレと組もうと思ったのか。実は大会を終えた今でも分かっていない。

 そして始まった大会当日。各チームの番号札が配られ、マッチングが決定。対戦相手については番号しか分からないため、誰が対戦相手かを知るのにみんな躍起になっていた。
 かく言うオレも他チームの番号を聞いて回ったし、聞かれれば素直に答えていった。そしてオレが答えた時の相手の反応はどれも同じものだった。

「クロスさんのチームとは当たりたくないんですよねぇ」
「いがらしさん、誰と組んでましたっけ? Mikukeyさん!? うわぁ当たりたくねぇ……」

 当たりたくないのはオレではなく、相方のMikukey選手。仮にもトップを目指す人間である以上、誰が相手でもナメられたくはない。
 しかしほとんどの選手にとって、オレの存在は眼中にさえなかっただろう。相手のリアクションを見るたびに現実を突きつけられ、オレは拳を握りしめることしかできなかった。


【ヒーローとの約束】

 EVOJapanは海外からプロプレイヤーも参加しており、本家EVOでも実況を担当するようなトップコメンテーターも来日していた。
 その中の一人に"DC"という人物がいる。彼は2016年にオレがWCSに参戦した際に出会った人で、再会はその時以来だった。

 DCはポケモンカンパニーの一員であり、WCS2016でのコメンテーターはもちろん、オレが参戦することの叶わなかったWCS2017でもその成功を裏で支えたポッ拳界における超重要人物だ。
 今回EVOJapanで再会するにあたり、彼はオレにある約束をしてくれていた。

 2017年8月のことだ。WCS2017が開幕した時、招待選手にもなれず、自費で参戦するお金もなかったオレは不参加を悔しがる気持ちを英語でツイートした。
 その時それを見たDCが突然DMをくれとそのツイートにリプライし、その後驚くべきことを口にした。なんと参加者だけがもらえる特別なTシャツやグッズをオレに送ってくれるというのだ。

 驚いたオレはすぐに輸送に必要となる情報を彼に伝えた。
 なんて恵まれているんだろう。そう思わずにはいられないこの状況に感謝しながら、オレはそれが届くのを待っていた。

 しかし、2ヶ月経っても何も届くことはなかった。彼はとても忙しいうえに、オレだけが特別なものをもらえるなんて都合がよすぎる。
 そう思ったオレは無理しないでほしいと伝えたが、実は別の事情があったのだ。

 

「船での輸送はあまり信用できない。今度EVOJapanに行くから、その時に直接会って渡したいんだ」


 そう言って必ずプレゼントすると約束してくれた彼は、EVOJapan当日、約束どおりWCS2017のグッズを持ってオレの前に現れた。
 オレはグッズコレクターではない。でも、WCSという舞台には特別な想いがある。そのことを彼はとてもよく理解してくれていた。

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↑約束どおりWCS2017のグッズをプレゼントしてくれたDCと、アメリカポッ拳界で最も知名度があり日本人からも馴染み深いプロプレイヤーALLISTERとの貴重なスリーショット。

 プレゼントを持ってきてくれるDCに何かお礼をしたいと思ったが、あいにく何をすれば喜ばれるのか分からない。
 加えて英語が全く喋れないオレは、まともにお礼も言えないだろう。情けないとは思ったが、代わりに英語で手紙を書くことにした。

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↑前日の夜に書いた実際に送った手紙。文面がおかしいであろうことはさておき、せめて読める字であったことを願う。

 手紙を日本語にするとこうなる(英語版はツールが機能しやすいように言葉を簡単なものに直している)
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 親愛なるDCへ

 お久しぶりです。再びあなたに会えたことが嬉しいです。オレがあなたと出会ってから2年経ちました。あなたはどのように過ごしてきましたか?
 多くのゲーム配信を行い、PokémonCompanyのメンバーとしてWCSをサポートしました。あなたの活躍を聞くことがとても嬉しい。あなたはオレの誇りなんだ。

 一方オレはトレーニングを重ねた。大会を開いた。それは勝利のため、そしてポッ拳を盛り上げるために。
 しかし、それが成功することはなかった。あなたに応援されてきたにもかかわらず、良い結果を出せなかった。そのことをオレは恥ずかしく思っています。

 今日はとても緊張しています。オレはすぐに負けるかもしれません。
 でも、あなたと世界にバトルを観てもらえることが嬉しいです。ポッ拳にオレが来たってことをもう一度世界に見せるために! オレもヒーローになりたいんだ!

 いつも応援してくれてありがとう。
 今日は全力で楽しもう。そしてWCS2018でまた会おうね!
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 絶対チャンピオンになるんだ。時間が経っても、海を越えてでも約束を果たしてくれたDCの気持ちを無駄にしないために。
 大会開始直前、溢れそうになる感情を抑えつつオレは強くそう思った。


【みんな、本気でやってる】

 そして始まる1回戦。最初からとんでもないチームと激突することになる。

 過去に2onでオレのチームを初戦敗退に追い込んだ全一ピカチュウの筆頭候補メガちたんだ選手。
 ポッ拳最古参のプレイヤーにして、相方のシャンデラに有利な相性を持つゲンガー使いのトッププレイヤーおうじ選手。

 優勝してもおかしくないチームと初戦で当たることは、初めて見るプレイヤーも多く参戦していたEVOJapanにおいて非常に引きが悪い。
 加えて先鋒対象選びにおいて読みが外れた。「クロスルカリオ VS メガちたんだピカチュウ」「Mikukeyシャンデラ VS おうじゲンガー」となってしまい、相方が相性で不利な相手と戦うことになってしまう。

 DCへの手紙に書いた「オレはすぐに負けるかもしれない」との言葉が頭をよぎったが、彼の"頑張って"との言葉を思い出し気を取り直す。

"気持ちで負けないように! 絶対勝てるから!!"

 全試合の前に必ず相方へ言った言葉だが、今思えば本当は自分に言っていたのかもしれない。

 結果辛くもメガちたんだ選手を破ることに成功したオレだったが、フルセットまでもつれ込むも相方のMikukey選手がおうじ選手に破れてしまう。
 なんとかして自分より強い相手を倒したのに、またこのレベルを倒さないといけないのか!?

 内心そう思うオレだったが、今回のルールは2onの1本先取。気持ちで負け、先制を取られたらあっという間にやられてしまう。一方でこのルールは自分より強い相手と戦うには明らかに都合がいい。
 そしてもう一つ、Mikukey選手とのタッグが決まった時にポッ拳プレイヤーではない親友にだけ語ったことがある。

"相方の力だけで優勝なんて絶対にしねえ!"

 誰もが認めるトッププレイヤーと組んだからこそ、それで勝ち上がっても自分の力の証明にはならない。だからこそ、相方が勝てない相手にこそオレが勝つ。
 その気持ちと共に、用意した作戦を武器にオレはおうじ選手にも勝利。1回戦から強豪との激突となったが、この勝利が続く試合において強い勢いとなったことは間違いない。

 続く2回戦だが、なんとここは不戦勝で勝利。1回戦が不戦勝の相手との勝負だったが、エントリー時ではなく試合直前にシートへ名前を書く形式だったため名前が分からず、対戦相手を呼ぶことも叶わずに終わってしまった。
 エントリー時に名前を書いていれば、知っている選手が連絡を取る方法もあっただろう。これは運営の改善すべき点であると同時に、今後はエントリーしたなら最後まで戦うプレイヤーのマナーにも期待したい。

 3回戦はとみたけ選手のジュナイパーと、あふろん選手のマスクド・ピカチュウ。両者ともに以前は別キャラで名を馳せたプレイヤーだが、今回は新しいキャラクターで参戦だ。
 ルカリオとしてはジュナイパーの方が戦いやすかったが、ここでも読みが外れ「Mikukeyシャンデラ VS とみたけジュナイパー」「クロスルカリオ VS あふろんマスクド・ピカチュウ」に。

 Mikukey選手がとみたけ選手を破るも、あふろん選手の強気な攻めに押され接戦に持ち込むもオレが敗退。「Mikukeyシャンデラ VS あふろんマスクド・ピカチュウ」で決定戦に。
 勢いのあるあふろん選手の攻めはMikukey選手をも苦戦させフルセット。しかし、接戦の末にMikukey選手が勝利したことでオレは助けられた。

 トッププレイヤーが見せた貫禄の勝利と言っていいだろう。気持ちで負けない試合を体現し、ピンチを覆してくれた相方にはとにかく感謝したい。
 絶対に助けられる時がくる。だからこそオレも力になって共に戦い抜く。予想はしていたが、3回戦にしてそれは現実となった。

 続く4回戦。


EvoJapan2018 Pokken 2on2 : Top16


 なんと強豪チームを破り勝ち上がってきた当日斡旋のSPY選手と、しぜんこうえん選手のチーム。失礼ながらSPY選手しか知らなかったオレだったが、彼らが倒したチームは一般的にオレより強いとされるプレイヤーだった。
 そしてふと会場に目を向けると、既に敗れたプレイヤーが目を赤くさせ悔し気な表情で試合を見つめる姿が。

 正直、直視できなかった。彼らが感じているものは、これまでオレが何度も感じてきた感情に他ならない。
 勝負である以上、勝者がいれば敗者もいる。当たり前の現実が広がる中、これまでの自分を見ているようでなんとも言えない気持ちになった。

 でも、負けていい理由なんて一つもない。その気持ちを胸に、Mikukeyシャンデラがしぜんこうえんリザードンを、クロスルカリオがSPYマスクド・ピカチュウを破り勝利を収める。
 そして試合後、配信席から離れたあと普段はふざけた様子を見せることの多いSPY選手があまりにも悔しそうな表情でオレにこう言った。

"絶対壇上に行けよ!"

 その表情をほとんど直視できぬまま、オレは頷いて答える。こんな彼を見たのは初めてだったように思う。
 オレのようにトップになるんだと口にする者もいれば、普段はおとぼけでも本心ではトップに立ちたいと思っている者もいる。

"みんな、本気でやってる"

 大会という場に立つ以上、強さなど関係なしに誰もがトップを目指して凌ぎを削っている。勝って目標に近づくために。一番になるために。
 当たり前のそのことを、オレは大一番を前に思い知ることとなった。


【今、オレに出来ることを】

 そして始まる準決勝。相手はなんとWCS2016,2017を制した世界王者チーム。言わずと知れた名実ともに最強のプレイヤーぽてちん選手と、殿様選手だ。
 この戦い、キャラクターの相性的に殿様選手のジュナイパーと当たりたいオレだったがまたしても予想は外れ。「Mikukeyシャンデラ VS 殿様ジュナイパー」「クロスルカリオ VS ぽてちんミュウツー」の試合に。


EvoJapan2018 Pokken 2on2 : 準決勝1


 先鋒戦は世界王者を相手にMikukey選手が一歩も引かない戦いを見せるも、シャンデラの動きに対応を見せた殿様ジュナイパーが勝利。
 この戦いの決着がついた時点で会場はお通夜ムードだった。それもそのはず。オレが2人の世界王者を両方倒さない限り決勝には進めないという現実が定まったからだ。

 ぽてちんミュウツー戦の1ラウンド目、圧倒的なプレッシャーを前に成す術もなく1ラウンドを取られてしまう。
 正直言って、この戦いがEVOJapan全試合において一番キツかった。何せ相手が相手であると同時に、これまで破ってきた強豪相手への秘策が唯一通じないプレイヤーだったからだ。

 ラウンド2に入るまでの僅かな時間、オレはいろんな人のことを思い出していた。DCのこと。倒してきたライバルたちのこと。負けていい理由なんて一つもない。
 トップに立つってこんなにも重いのか。その重圧に耐えつつ、世界一の壁を破るのはこれまでの戦い全てにおいて最大の決戦と言っていい。
 そしてラウンド2、劇的な逆転を見せたオレは、勢いそのままにラウンド3を制して勝利。この戦いほど気持ちで負けなかったことが勝因の試合はなかったと思う。

 さらに続く殿様ジュナイパー戦。どのキャラを使わせてもトップクラスの実力を持ち、新キャラのジュナイパーさえもいち早く仕上げた正真正銘の最強だ。
 そんな相手だったが、先程のお通夜ムードとは異なり、会場は一気にオレの味方になっていた。これなら可能性はある。そう思えたのはオレには大一番で勝つための秘策があったからだ。

 それは、誰しもがMikukey選手だけを警戒していること。オレのことは眼中にないこと。悔しくはあるが、だからこそ成立する作戦。
 今はまだどうやっても世界チャンプと一般プレイヤーだ。2先3先じゃまだ到底敵わない。でも……今、オレに出来ることを!

 不利フレームからの前ジャンプ空中Y。様子見からの安定行動に出ようとする相手の裏をかく起き上がり弱攻撃。ブロックステップキャンセルで釣った空中行動を狩る構え弱攻撃による対空。
 動画や日頃の対戦から見える相手の行動の癖。反応速度。大会という場の雰囲気と現在の状況における心理状況。オレへの個人的対策のなさ。そして1回戦で対戦したメガちたんだ選手が別の大会で教えてくれた「ジュナイパーはとにかく上を見ろ。アクロバットだけはくらうな」というアドバイス

 分析と予測。そしてキャラ対策以上に人対策をして大番狂わせを狙いにいく強気の行動の数々。
 おそらく二度は通じないであろう作戦を通し、クロスルカリオが勝利。オレたちは決勝へと駒を進めた。

 この試合を見た多くのプレイヤーからありがたい称賛の言葉をもらったが、中でもミュウツー使いのトッププレイヤー"がにこす"は、拍手で真っ赤にした手を見せながら真っ先に駆け寄って褒めてくれた。
 これまで何一つ成果を残せなかったオレにとって、初めて界隈に実力を認めてもらったと感じた瞬間だ。

 そして遂にやってきた決勝戦。相手は平均年齢16歳の高校生チーム、レッド選手ときょろ選手。次世代のトッププレイヤーが相手だったが、最後の最後でくじ運に恵まれる。
 先鋒大将の予想が的中し「Mikukeyシャンデラ VS レッドミュウツー」「クロスルカリオ VS きょろダークミュウツー」のカードになったためだ。

 この試合を前にオレは着替えを済ませている。これまで大会時に愛用してきたWCS2016のTシャツではなく、DCがくれたWCS2017のTシャツに変更したのだ。
 DCが、世界中のポッ拳プレイヤーが、かつて凌ぎを削ってきたスマブラプレイヤーが見てくれているであろうこの舞台で優勝を。応援してくれる全ての人に応えるために、オレは必勝の覚悟で戦いに望む。


EvoJapan2018 Pokken 2on2 : Finals [ENG]

日本語版はこちら「EVO Japan 2018」DAY2 | AbemaTV(アベマTV)の7:11:00頃から。

 まず先鋒のMikukeyシャンデラが、その圧倒的な強さでレッドミュウツーを撃破。世界No.2としての有無を言わさぬその実力は、後に控えるオレの背中を押すには十分すぎるものだった。
 迎えるきょろダークミュウツー戦。普段は絶対に構えることのない指の配置で試合を迎える。絶対にあの技がくる。ならば、開始瞬間に……!

 予想どおりダークミュウツーが弾を撃った瞬間、オレのルカリオは"はどうだん"を撃ち命中させていた。弾強度で勝り、全ての弾を消したためだ。
 これはポッ拳プレイヤー最古参の一人にして、とても仲良くしてもらっている"やよいチャレンジ"こと"やよいさん"ルカリオとオレのダークミュウツーで対戦した時に学んだことだった。

 そしてこの試合の最後、あと少しのところまで追い込んだオレは、相手がテレポートで上に移動したのを見た瞬間に対空。そこからのコンボで倒し、優勝を勝ち取った。
 見ていた多くのプレイヤーから後に心眼だと讃えたが、実はこれもやられて覚えたことの対策に他ならない。

 別のダークミュウツー使いトッププレイヤー"さるたろうさん"との戦いでテレポートで空中に移動したダークミュウツーからの奇襲をくらい敗北した際に、その行動の有用性について教えてもらったからだ。
 どの試合も、どんな敗北も、全ては明日の勝利のために。みんなが教えてくれたことが力になり、支えが力になり、オレはEVOJapan初代チャンピオンとなるに至った。


【それぞれの胸に】


 決勝戦後のインタビューでは、ポッ拳の開発者であるバンダイナムコの星野さんから「まさかいがらしが優勝するとは思わなかった」とネタにされたが、喜んでくれるその様子がオレにはあまりにも嬉しかった。
 自分が開発したゲームにおいて、トップに立ちたいなどと言ってくるファンはごまんといるだろう。それでも星野さんはオレの言葉を、夢を、一度も哂うことはなかった。

 オレの優勝はポッ拳界はもちろん、かつてライバルとして凌ぎを削ったスマブラプレイヤーを始め、各界の人が共に喜んでくれた。もちろん家族も含め。
 ただ、優勝報告を受けた母からはどこからそんな話が出てきたのか「本気でゲームで生きていくなら、英語も勉強しなさい。海外の方が可能性があるんでしょ?」と叱咤激励を飛ばされた。これまで親として全く弱みを見せずに振る舞ってきたオレの両親だからこそ、オレには今回のラッキーに甘んじるなと言いたいのだろう。

 そして大会の直前に本音を伝え聞いた父からは、何の音沙汰もなかった。別段仲が悪いわけでもなく、ひどく厳しいわけでもない。
 ただなんとなく忘れていただけとは知りつつ、家族を安心させるには程遠いことを思い知る。

 EVOJapanはチーム戦にして一本勝負。これは最も実力が結果に反映しにくいルールだ。事実オレにはトッププレイヤーになった実感はなく、むしろこれからが本番であることを誰よりも強く感じている。
 シングルス2本先取ダブルエリミネーションという、最も実力が反映されやすいルールでも勝利を。課題はまだ山のようにある。

 EVOJapan最後の予告では、春先に次なるポッ拳公式大会が幕を開けることが知らされる。あくまで予測だが、これはWCS2018の招待枠をかけた戦いになると思う。そして6月にもその枠をかけた日本代表決定戦ポケモンJapan  Champion Shipsの開催が決定している。
 みんな今まで以上に修行を重ね、本気で勝ちにいくだろう。もちろんオレも勝つために戦う。

 強さとは何か。プロとは何か。まだ分からないことばかりだけど、オレはこれからも戦い続ける。世界一憧れる人に成長したところを見せるために。
 最後になるけど、いつも一緒に戦ってくれてありがとう。次も勝ちにいこうぜルカリオ

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