懸けろ プライド

【変わったこと】


 スマブラのプロコーチから学べる有料コンテンツ『カイトスクール』のオフイベントでトーナメントに参加していた時のこと。

「クロスさん、メンタル強いですよね」

 二度に渡り初戦からルーザーズに落ちるも、しぶとく勝ち進むオレを見たライバルから言われた言葉だ。

 トーナメントにおいて早くからルーザーズに落ちることは、対戦回数が増えるため好成績を残しづらい。また単純に幸先が悪いため、そのまますぐに負けてしまうことが非常に多いという面もある。

 その中で粘り強く勝ち進むのだからメンタル強者に感じるのも当然なのだろう。しかしオレはその言葉に対しこう返した。

「考え方が変わって謙虚になったんですよね。相手も本気なことを認めたらあまり緊張しなくなりました」

 勝ちたい気持ちはそのままに、相手の情熱を受け入れる。負けてもいいとか、負けても仕方がないというわけではない。ただ相手がしてきたことに敬意を持つこと。そうすることでピンチや敗北に対する焦りや苛立ちは大きく減ったように思う。

 その考えに至ったのは、無意識に繰り返すうちに露呈したある大きな失敗によるものだ。



【友達の一言】

 オレはスマブラプレイヤーだが、ノンガチゲーマーの友人と遊ぶ際に別ゲームを触ることがある。その一つスプラトゥーンを通話しながら遊んでいた時のことだ。

 他のゲームをするとプレイ時間の圧倒的な差もあって大抵オレが一番弱い。スプラトゥーンだとエイムが合わず見えている相手にすら撃ち負けることがよくある。

「なんでこんな奴にやられんだよwww」

 それに対してキレ芸のように笑いながらキレることがよくあるが、その日のオレはやたらと敵に倒されてしまう。実力的に一番不足なのは周知の事実なのだが、それ故にカバーしようとした味方の連携にさえ気付かなかったオレはソロプレイ同然の動きを繰り返してしまう。

 結局その日は負けがかさんで終了。普段負けると空気が悪くなるといったことはないのだが、オレのプレイを見かねた親友が呆れた様子でメッセを送ってきた。

「なんか調子に乗ってるよね」

 オレは普段相手に対し不快感を感じてもそれを表に出すことはほとんどない。それ故軽く謝る形で返答したが、内心は怒り心頭だった。

 なんだよその言い方は。同じ言い方されたらお前は絶交だとか言い出すだろ。プライドを懸けて勝負の世界を生きてきたオレに、たかだか少し強い程度の奴がふざけた口利くんじゃねえよ。

 きつい言葉がプライドを刺激し、逆鱗に触れたと言っていい。次の日の朝を迎えても怒りは全く収まることがなかった。

 それからというもの数日間何をやっても上手くいかず、その度に親友の言葉が頭を過っては振り払う日々が続く。

 そしてさらにはその少し前、ある相談中に別の友人から言われた言葉を思い出す。


「クロスさんの向上心はすごいけど、なんか上から目線なところあるよね」

 彼は波乱万丈の人生を送りながらそれを微塵も感じさせることなく振る舞い、仕事も飲みの幹事もそつなくこなす。所謂仕事ができる人だ。ネタキャラのようでありながら、接し方を変えると見えてくる人としての深みに信頼があった。

 しかし、いざ話をしていくと本当はこう思っていたという事実を突きつけられる。その時はいったん受け止めたが、それでも本心は煮えたぎるものがあった。

 うるせえ。見下してんのはお前の方だろ。努力じゃどうにもならないものもあることを知ってるからオレは本気でやってんだ。

 信頼の厚い2人がいよいよ敵に回ったと感じたオレは、周りのほとんどが敵に見えるようになってしまう。プロゲーマーを引退して以降多くあった周囲の態度の変化と重なり、結局どいつもこいつも結果で黙らせるしかないんだと。

 感情を捨てて周囲にとって都合の良い人を演じ続けるか、全てを敵に回しても望むものを獲りにいくか。

 まるでそんな究極の二択を迫られているような気になったオレの思考は凍ったように止まり、少しの間暗闇を彷徨うことになった。 



【見えない壁】

 スマブラをしていても思考がまとまらず、かといって誰かと会おうとも思えず。能動的な行動を起こす気力もなかったオレは、大好きなアニメ『僕のヒーローアカデミア』(通称ヒロアカ)を観ることにした。

 ヒロアカは現実味のある共感性の高いストーリーと、キャラクターの熱い心と言葉が魅力の王道少年漫画だ。その時なんとなくこの作品を見ようとしたのは、自分がしてきた努力を肯定してほしいと無意識に思っていたのだと思う。

 しかし、ある回での一言が自分の胸に突き刺さる。それは主人公のライバルにして天才肌の"爆豪勝己"が、多くの困難と葛藤の末に辿り着いたある気付きだった。

 "いつまでも見下したままじゃ自分の弱さに気付けねえぞ。"

 そこで初めて自分が人に対して壁を張ってきたことに気付く。

 オレの向上心は劣等感の裏返し。以前ある友人に自ら語った言葉だ。周りからは熱いとかポジティブだとか言われるけど、元からそうではないと。

 いろんなことを諦めてきた。失敗ばかりだった。だからこそ目先の苦労より、叶えたいことがどうやっても叶わないと確定してしまうことの方が何倍も辛いことをオレは知っている。そのどうしようもない状態になるのが怖いからこそ、虚勢を張ってる部分もたくさんあると。

 謙虚になんて心からなったら負け。そんなことないよなんて言われるのを待っているのはしょうもないし、やっぱ無理だよねと低レベル同士傷の舐めあいなんてするつもりはない。

 見下してるつもりなんてなかった。ただ、前回の記事にも滲み出ていた悔しさがオーバーフローし周りが見えなくなっていた。見下されるのが嫌で、見下すなよ見下すなよと壁を張るその態度が、周りから見れば見下していると感じるものだったことに気付く。

 ああ、なんで一時の感情で友達にあんなことを思ってしまったんだろう。オレは本気で勝負の世界を生きてきたとか、どこにプライド懸けてんだよ……

 こと親友においては物理的距離があることもあり、たまに会えたその時には真剣にものを語ることが多い。こいつが友達でよかったなと誇りに思えるようなかっこいい奴になるから見ててくれよなと。あの時の言葉は嘘だったのか……

 もしかすると友人2人がオレに向けた言葉は、嫌われるリスクを背負ってでも何かに気付いてほしくて勇気を振り絞ったのかもしれない。そんなことにさえ気付かず、敵と認識してしまったことがとにかく恥ずかしくなった。

 1人はこれまで最も多くオレの人生の転機に寄り添ってくれた人。もう1人は今年最も会って一緒に過ごした時間の長い人だ。そんな人の言葉さえ聞けず、この先どうやって上手くやっていけるんだろう。

 ただただ申し訳なさが込み上げたオレは、友人にあの時本当はこう思ってしまったということを伝え謝罪した。口にはせずともオレのことは分かっていたのだろう。成長したねとどちらも笑って許してくれた。

 一つ前の記事にも書いたような負けん気と正論は、裏を返せば自分の弱さを認めたくなかったからに他ならない。その気概が必要なところもたくさんある。誰が信じなくても1人でもやり抜く強い意志は必要だ。

 でも、たくさんの人と支え合い、伸ばし合うからこそ辿りつける場所がある。だからこそ人を巻き込み、人に巻き込まれる自分であること。なんでも1人でやろうとする足し算の人生ではなく、みんなで協力してより良くなる掛け算の人生に。

 無意識のうちに張り続けていた壁を払い、人の気持ちに寄り添うこと。今ようやくその入り口に立てたことが、プレイヤーとしてのメンタルを底上げしたのだと思う。

 先日行われたスマブラの大型大会『篝火』や、『カイトスクールオフ1周年記念』の大会では、頑張れ、お疲れさまとわざわざ個別にメッセをくれたのはあの2人だった。



【原点へ】

 上記は数か月前のことだが、この記事を書くにあたり絶対に謝っておきたい人がいた。それはオレの情熱の原点とも言うべき人だ。

 半年以上前にオレがある壁にぶつかった時のこと。それを知った彼がオレにかけてくれた言葉がある。

 "自分をハッピーに、優しくしてあげてね。"

 当時周りに壁を張っていることなど微塵も気付いていないオレにはその意味が分からなかった。厳しい現実に向き合おうと決めたオレに、堕落の道を示しているように思えたからだ。

 自分の立場守りたさに当たり障りのねえこと言うのはやめてくれよ。どうでもいいと思ってるから無責任なことが言えんだろ!

 文字では気を遣ってくれたことに感謝を装いつつも、本当はそう思ってしまった自分がいた。

 言わなければバレないし、なかったことにしておけばいいのかもしれない。それでもたくさんのものをくれた人に嘘をついていたくないと思ったオレは恐る恐る謝罪のメッセージを送る。

 あの時本当はこんなふうに思っていたと。やってしまったという後悔の気持ちが高まり、どうしても謝りたかったと。そのメッセージに彼はこう返信してくれた。


 "気持ちを伝えてくれてありがとう。そして、クロスはいつもかっこいいよ。そのままで、大丈夫。いつも、応援してる。慌てず焦らず、ひとつひとつ、何かを発見し、何かをつかめたら良いよね! 応援してるから。大丈夫だから。来年も共に歩んで行こうね!"


 恩返ししたいなどというエゴの重い感情をぶつけるつもりはない。ただ、情熱の原点としてたくさんのものをくれた彼にとって、かっこいいと誇りに思える存在になるために。

 何かをしていくうえで、何のためにやるのか。これから先どういう自分になりたいのか。日々関わる人たちと本当はどういう関係を築いていきたいのか。

 日常の中で目先に捉われ忘れがちなそれを、原点に返ることで改めて思い出せたように思う。

 来たる2021年、目指すところへ向けて一歩でも前へ。更に向こうへ。そこに懸けるものこそオレのプライドだ。