勝因と敗因

【EVO Japan 2020の成績】 

 1月24日~26日、幕張メッセで行われた格闘ゲームの総合イベント『EVO Japan 2020』

 オレは新たに挑戦すると決めたスマブラSP部門へエントリー。結果はDay2まで進出するも初戦敗退となった。

 この結果自体は他者との比較で見れば取るに足らないものだが、2019年10月22日に行われたウメブラSP6よりスマブラに復帰したことを考慮するとなかなかの好成績だと思う。

 事実『ウメブラSP6』および『ウメブラSP7』では本戦において1勝もすることなくストレート負けを喫していた。

 それもそのはず、まともにスマブラをプレイしていたのはかれこれ3年ほど前だ。新作においては発売日の1,2週間軽くプレイして以降、自身のメインタイトルに差し支えることを考慮し一切触ることはなかった。こんなプレイヤーが勝てるほどスマブラは甘くない。

 そんなオレがEVO Japan直前の平日大会で1勝したのを機にDay2進出を果たしたのは、プレイ時間やこれまでの成績を考えればかなり上振れたと言っていい。当然満足こそしていないが可能性を見出す大きな一歩となった。



【勝者の在り方】

 『EVO Japan 2020』を終えての月曜日。平凡な日常に戻り会社へと出社すると、ゲーマーの上司がさっそくEVO Japanについて語り始める。何やらオレの成績も調べたようで、世間的には大した成績ではない自分は内心苦笑しながらも改めてスマブラの勢いを感じていた。

 そして全員が出社したところで朝礼が始まった。EVO Japanが金曜日にスタートしたこともあり、有給を取っていたオレはみんなに一言お礼を言う。すると、上司が思わぬ言葉を掛けてきた。

「大会だったんでしょ? 成績はどうでした?」

 一瞬戸惑った。何故ならオレは今回の有給においてゲーマーの上司以外にはEVO Japan出場のためであることを公言していなかったからだ。

「3日あるうちの2日目まで行きましたがそこですぐ負けてしまいました」

 大したことのない成績を口にしたあと朝礼は終了。胸を張って言えない成績に悶々としながら席に着くと、隣のゲーマー上司が笑いながらこう言ってきた。

「金曜の飲み会では五十嵐さん勝ってるのかなってみんなで話題にしてたんだよ」

 それを言われた瞬間、あることに気付き愕然とした。みんなオレが対戦ゲーマーであることを知っており、休んだ理由を認識されていたにも関わらず今回の有給申請時の理由欄に"私用のため"と書いていたからだ。

 オレはゲーム大会を理由に休むことを恥ずかしいとは思っていないし、入社時の面接では最後に何かありますかと聞かれた際こんなことまで言っていたほどだ。

「オレはこの先プロになるので、不定期に海外大会で長期休むのを許してもらえれば他には何も望みません」

 その時2017年1月。当時メインタイトルとしていたポッ拳において上位にかすりもしない実力のうちから、これから上司になる初対面の人を相手に堂々と言い放ったことを今でも覚えている。その1年後『EVO Japan 2018』でオレは初優勝。その後プロプレイヤーとなった。

 そんなオレが何故今回の有給の理由を私用のためとしたのか。それはひとえに今の自分では"勝てないと思っていた"からだ。

 馬鹿かオレは……。ゲームで強く、絵を上手く、見た目をオシャレになど何でもいい。何かをよくしようとした時、最も障害となるのは"どうせ自分は"という諦めに他ならない。だからこそ誰よりも自分の成長に、成功に価値があると信じること。疑念の余地なく信じられるだけの行動をしていくこと。

 どちらかと言えば根っこは劣等感を抱え後ろ向きであるオレに天衣無縫的な在り方は難しい。ならば"勝てる"じゃなくていい。ダメだ、無理だを塗り潰すほど"勝ちたい"を大事にすること。

 自分が勝って一番得するのは誰だ。オレに決まっている。だったらそれを自分が一番信じてやれなくてどうやって実現すんだ? "勝ちたい"気持ちを自分で軽視すんなよ。

 何年も前から当たり前のこととして自分に言い聞かせてきたことが出来ていなかった。Day2初戦敗退という成績以前に、勝者足り得ない自身の在り方を公然に晒してしまったことがオレを絶望させた。

 ゲーマーでない一社会人にとって、そのタイトルの、広義で捉えればesportsのイメージを作り出すのは他でもない身近な者の存在だ。そこに現時点での成績や業界での知名度は関係ない。だからこそ堂々と挑戦し、一人一人が社会へその背中を見せることが大事だろう。

 それは一個人誰しもが出来る業界への貢献であり、同じように勝ちたいと願うライバルへの敬意であり、支えてくれるファンや共に戦うキャラクターに恥じないための在り方だ。

 分かってた。分かってたはずなのに、出来ていなかった。そのことが恥ずかしくてその場にいるのが居たたまれなくなるほどだった。

 リソースの少なさ故になかなかオフ対戦に参加できないこと。生活の環境改善が優先で思ったように練習できないこと。そういったことが重なるうちに自信が損なわれていたこと。

 理由はいろいろあるが、そんなことを理由に折れていいほどオレの勝利は自分にとって無価値ではないはずだ。ならば勝者足り得る自分であれ。プレイヤーとしてここは譲らないと決めてきたことを貫くために。

 "勝てるかどうかじゃない。勝ちたいから戦うんだ"と。



【プロの言葉、親友の言葉】

 当たり前にしてきたはずのことが出来なくなっていることにただただ絶望していたが、業務に差し支えるためなんとか気持ちを持ち直そうとしていたオレはある日の出来事を思い出す。

 自身のため。還暦を迎えた両親のため。どうにか今以上に稼ぎこれからの未来の為に備えなければいけない現実を受け止め、ゲームに全く手をつけなくなっていた去年の10月頃。たまたま目についたのがスマブラSPの大型大会『ウメブラSP6』の告知ツイートだった。

 環境改善が必要なのは分かった。だが、そもそも何のために環境を改善するのだろう。自身のためであるが、ならもし仮に経済面に困らなくなったとして何を望むんだろう。

 楽しいことなど何もないと虚無になっていたオレは心の底から楽しめる何かを求め、久しぶりにウメブラへ参加することを決意する。そして大会が始まり、プール番号のエリアに向かうと懐かしい声が聞こえてきた。

「お、ゲームが上手い方のいがらしじゃん!」

 そんな冗談交じりに声を掛けてくれたのは、よしもとゲーミング所属のプロスマブラー"RAIN選手"だった。久しぶりに会っても声を掛けてくれるのは嬉しいなと思いつつ、現状を鑑みてオレは苦笑いするしかなかった。

「いやいや、それもう過去の話ですから」

 開幕口を吐いて出てきたのは反論の言葉だった。オレは元プロゲーマーという微塵も価値がない肩書きになど興味はない。ましてや別タイトルであり、スマブラに比べれば決して大きくはない世界での話だ。

 過去の栄光にすがるほど惨めな姿はなく、そんな目でオレを見ないでほしかった。オレは現実を受け止めた。そのうえで何かこの先で目指す道標を求めてやってきたただの凡人。今はそれでいい。

 ただただそんな思いで抵抗を続けていたオレに対し、RAIN選手は真剣な表情に変わると思わぬ言葉を口にする。

「世界に挑んだことは誇ってもいいんじゃない? それは誰にでも出来ることじゃない」

 反論の言葉が止まる。何も過去の栄光にすがっている者として笑い者にしていたのではない。RAIN選手はオレのこれまでの取り組みを認めてくれていたのだ。

 大型大会で優勝しプロプレイヤーとなったこと。オレが得たのはそんな時間と共に色褪せるものではない。

 誰も信じていなかったことをこの手で成し遂げたこと。

 本気になればオレもヒーローになれると証明したこと。

 その事実こそが色褪せることのない成果であり、武器であることをRAIN選手は語ってくれたに違いない。そう感じたオレは自ら過程を貶めていたことを恥じつつ、静かにお礼を言ったのだった。

 そんな日のことを思い出したオレは失態を受け止めようと心を改める。成功であれ失敗であれ経験を活かし、学び、身につけ、上にいく。大事なのはただそれだけだと自分に言い聞かせながら。


 では、今回『EVO Japan 2020』において何故オレは今の実力以上の成果を出せたのか。それはこれまでずっと支えてくれた親友が大会当日にしていた通話で言ってくれた言葉にあると思っている。

「クロスさんのスマブラは遊びじゃないでしょ? 集中して頑張って」

 この言葉が錆びついていた勝者としての在り方を呼び覚ました。通話はリラックスするために行ったものであり、大会の意気込みを語っていたわけでもない。そんな中タイトルを変え復帰したばかりの駆け出しプレイヤーであるオレに対し彼はこう言ってのけたのだ。

 とにかく嬉しかった。酒の席で夢を熱く語り合い、その勢いで言ったような言葉ではない。esportsの世界で挑戦し続けてきたオレを認め、日頃から敬意を持ってくれていたからこそ出た言葉だ。その言葉が、タイミングが全てを物語っていた。

 初めての大舞台スマブラforWiiUの『ウメブラFAT』において、社畜だったために出張を被せられ挑戦すら出来なかった時。

 トッププレイヤーである相方の力ではなく、オレがこの手で優勝すると語りそれを実現した『EVO Japan 2018』の前日の夜。

 良い時もそうでない時もオレにとって忘れられないesportsでの歩みに、彼は必ず寄り添ってくれた。だからこそ掛けてくれた思いがけない言葉が、実力以上の成果へと導いてくれたに違いない。

 そんな人の優しさに支えられた『EVO Japan 2020』は、改めて応援してくれる人たちの期待を超えていく決意を固くしてくれた。これからもオレはきっとたくさんの壁にぶつかっていくだろう。どんなに未熟さに嫌気がさしても自分からは逃げられないからだ。

 でも、そんな挫折さえリアルに挑戦の過程としていく。そしていつしかかっこいいライバルたちと肩を並べ、最高のパートナーであるルカリオと共に最高のバトルで沸かせる。そんな時を信じながら修行を続けていく。次は『ウメブラJM2020』だ。