全力の、その先へ

【目標と期限】


 スマブラSPのレート戦スマメイト。かねてより8月末を中期目標の期限と定めていたオレは、目標レート達成のために対戦を重ねてきた。

 その目標レートは1800。正直オレのゲーマーとしての実力なら8月中に1600はいくと思っていた。上振れれば1700。ならば目標設定はタミアマ(初中級者向けオンライン大会)卒業ラインであり、絶対無理だと思う1800一択だった。常にイメージできる範囲の一歩先を見据える。それがこれまでの経験で学んだ上に行くための目標設定だったからだ。

 強くなるために加入したカイトスクール(上級者がアドバイスや情報をくれる有料コンテンツの一つ)において、加入当初に書く自己紹介における目標でも上記の目標と期限を書いてきた。(正直当時レート1500台を名乗るには数戦っていないだけの盛った方で、実際は数をこなすと1400台をうろうろしていた)

 そして8月最後となるスマメイト第10期。結果は1611でフィニッシュ。MAXでも1655であり、目標からは程遠かったことを思い知る。率直に言って悔しい。情けない。でも、恥ではなかった。

 まだやれることがあったはず。結果が出ていない以上そう考えるのは当たり前であり仕方がない。ただ、それでも後悔だけはしていない。それが8月末を迎えた素直な気持ちだ。 


【自分のしたいこと】

 8月末を目標に定めたのは他でもない、それまでメインタイトルとしていたポッ拳を引退したのが去年の8月だったからだ。スマブラに復帰したのはそれから1ヶ月以上後のことだが、この8月こそが自分が区切りとしていた時だった。

 ポッ拳をやめてから1年の間を振り返ると、正直死ぬほど悔しい日々の連続だった。元々自分と向き合うのは慣れてきたつもりだったが、日々己の矮小さと向き合うことがこれほどとは想像していなかったのが本音だ。

 引退の細かい理由は様々あれど、その大部分が将来を見据えてのこと。当時それを記事として公表した際は良い話として受け止める人が多かった。事実オレはその大半を感謝の気持ちを伝える部分に割いたし、感想としてはすごく打倒だと思う。

 ただ、当人としてはやめるという本来望んでいなかった選択をせざるを得なかったこと。どれだけ過去がよかったとしてもまだこれからの人生があること。それらを踏まえれば明確な失敗談であることは間違いない。

 実際終わってからというものは、ノンガチゲーマー(オンオフ問わず大会に出たor運営した経験がない人)の知人友人の大半が手のひらを返したようにナメ腐った態度を取るようになってきた。結果を出してから急に友達面してきた者もいたため予想はしていたが、分かっていてもしんどいものはしんどい。

 加えて好きなこと・得意なことの大枠が似ていることを理由に生まれてからこれまで散々比較対象にされてきた双子の兄弟が結婚。4人兄弟中1人だけが未婚となったことをきっかけに、親からは露骨に心配の対象として見られることが増えてきた。

 親の仕事の話。祖母が怪我で入院した話。真剣なことや悪い知らせは全部兄弟経由で耳に入る。

「あれ? 昨日電話したんだけどな」

 何故あの時言ってくれなかったんだろう。言えなかった理由はなんなんだ。考えれば考えるほど、人としての実力的な部分での信頼のなさ以外に理由が思いつかなかった。

 プロゲーマーとなった自慢の息子から、1人だけ未婚の心配の対象へ。これはあくまで一例だが、見下すとは別に周囲からは心配という名のもとに様々な選択を否定されることが増えていた。悪意の有無を問わず、あらゆる面における信頼の喪失。この落差こそが引退以降に直面した最大の地獄だったと思う。

 その中でずっと考えていたのは、自分が本当にやりたいことは何かということ。夢なんて綺麗なものでなくていい。哂われてもいい。多くを失ってなお自分の中に残る本当に大切なものは何か。

 ずっと一緒に戦ってくれたルカリオともう一度本気で挑戦したい。価値ある舞台で自分の全てを注いで戦いたい。

 結果出してない奴の本気や真剣という言葉ほど無価値なものはない。でも、たとえ誰が理解せずとも信用せずとも、全力を出すこと。その目的に価値があると信じ抜くこと。それこそが上に行くただ一つの道。オレはそれを肌で感じてきた。ならば……

"人の成功失敗を見て楽しむ傍観者モブでありたいのか"

"自分が挑戦していく主人公ヒーローでありたいのか"

 極論で語れ。人は生理現象にも近いレベルで無意識に他者を評価しているし、オレもそうだからそれ自体は否定しない。でも、人がすることだけに目を向けて何が楽しい?

 他人の人生を生きてんじゃねえんだ。人を評価して、見下して、下見て安心してる暇なんてねえんだ。結局自分がどうしたいのか。それが全てのはずだ。

 だから気持ちの矢印を自分に向けること。凡人、だからこそ望め。応援を、期待を待っても凡人に出番なんてない。だからこの手で全力で勝ちにいくんだ。戦いはもう始まっているんだから。


【勝負への姿勢】

 いざメインタイトルをスマブラと決めて取り組み約1年。初心者でこそなくなったと思っているが、競技シーンの1人として見るとまだ中堅層にも入れていないというのが体感だ。

 しかしそれでもレート1600まで来れたのは、スマブラ4をメインタイトルにしていた名残で持っていた、中堅上位以上の実力を持つ人たちの繋がりによるところが大きかったように思う。

 また、今年の5月以降はカイトスクールに加入したことで対戦環境が充実。コロナ状況下でオンライン中心を余儀なくされた環境において、カイトスクールに所属するモチベーションの高い人たちの存在は間違いなく成長の一助となった。

 ある日そんなカイトスクールで通話対戦中、初見の人と通話を始めるとこんなことを言われることがあった。

「クロスいがらしさんって確かポッ拳のプロでしたよね? プロゲーマーだったなんてすごいですね!」

 ツイッター相互でもないのによく知ってるなと思いつつ、褒められてちょっと良い気分になったのも束の間、いざ対戦を行うと結果は惨敗だった。バカか、オレは……

 相手に悪意はないし嫌味でもないのは知ってる。そのうえで言うけども、オレはもう1スマブラーだ。より価値のある舞台を求めてここに来た。中途半端ならいくらでも逃げ道はあった。それでもこの道一本でと決めたのは相応の覚悟があってのはず。なのに、かっこ悪ぃことすんなよ。

 頑張って結果出してる人たちに仲良くしてもらえれば満足か? 過去の栄光を羨ましがられて満足か? 違うだろ。一日も早く、最強になるために戦ってますと堂々と言える自分になりたい。だから無い金出してまで環境を買ってんじゃねえのか。

 教わったことは下意識に落とし込むまで修行しろ。人の立場につけ込むな。人の善意に甘えるな。お客様になりたいわけじゃねえんだ。かっこいいな、あんなふうになりたいなと思う人たちに、友達として、ライバルとして認められたらどんだけ人生楽しいだろう。そこを目指して戦うんだ。

 現実としてスマブラ自体が約3年のブランク。加えて当時でもよくて中堅層だ。SPから始めた人とも約1年の差がある。なんとなくで過ごしてその差を軽視するな。単なる時間だけじゃない。かけてきた想いの差がそこにはある。それを超えようと言うのなら相応の覚悟を持つことが求められる。

 かつて現在も全一ピカチュウ使いとして活躍し続けるESAMが来日した際に戦った時のことだ。あと一歩で勝てるという局面、自分の中で急激にブレーキがかかった経験がある。相手にとっては1先フリー対戦としてエンジョイプレイだったかもしれない。それでもあのESAMに勝てるものなら勝ちたい。だが自分の中の何かが勝つことを恐れた。

 ポッ拳のプロとしてデビュー戦となる公式戦に臨んだ時も同様だ。前回の公式戦で初優勝にしてプロプレイヤー。世界大会の出場権がかかった大事な公式戦という場で、今最も勢いのある注目プレイヤーでありながら、心のどこかで「オレが大会連覇なんて話がうますぎる」と考えていた。結果、優勝には程遠い位置で敗退。

 勝負に勝つということは相手は負けるということ。時にそれは相手を失意の底に落とすことでもある。

 ポッ拳時代に日本人単独で参戦した海外大会において、同じトップルカリオ使いであり良き理解者でもあるLCF(当時XAbsoluted)とのグランドファイナルでの話だ。

 優勝を決めた瞬間興奮したのも束の間、崩れ落ちる彼を前にしたオレの心に大きな何かがのしかかってきた。今思えばそれは彼のその大会にかけてきた想いだったのだと思う。

 そんな勝利も敗北も、オレはこの身で体感してきた。だからこそ相手がかけてきた想いを前に恥じない自分であること。またいつの日か舞台に立つのなら、今からその準備は始まっている。だから大袈裟なんてことは絶対にない。日々真剣にプレイすること。

 重ねたその在り方が、必ず望む場所へ連れて行ってくれると信じて。


【全力の、その先へ】

 冒頭で今回目標達成とならなかった件について恥とは思っていないと言ったが、実際は後で解釈を変えた結果によるものだ。スマメイト第10期の最終日を迎えた際「やっぱこんなもんか」が心の中の第一声だった。

 大々的にこそ言っていないが一部の人には目標を伝えていた手前、恥ずかしさが先に出る。もっと何かを削れたんじゃないか。やる気が出なかった時間をどうにかしていれば。

 こういう時に出てくるのが「オレはまだ本気を出してない」だ。

 何も生きていればゲームだけしているわけではない。将来のための環境改善然り、わざわざ公にせずともやらなければならないことは、向き合わなければならないことは山ほどある。それに向き合ってきた自分を自分で否定してどうする?

 本気出してこんなもんだってのを認めるのは怖いよ。でも仮に出してねえならそれが今の本気だ。出さなかった本気はもう自分の力じゃない。だからこそどんな結果でもそれが自分の全力と認めること。

 悔しい。ムカつく。情けない。

 やっぱりこいつすげえなって周りに言わせてやりたかった。オレをライトニングの劣化コピーのような扱いをしてきた奴らの手のひらを返させてやりたかった。今いろんな思いが渦巻いてる。

 そして何より、共に戦ってくれるルカリオにとって、今なお応援してくれる人たちにとって恥じない自分になりたい。

 だからこそ認める。悔しいけど、ムカつくけどこれが今の全力だ。そしてこれから行くんだ。全力の、その先へ

 これが決断から1年を迎えた今、オレが思う全てだ。