果たせ約束

【はじめに】

 

  ポケモンゲーム公式世界大会、"ポケモンワールドチャンピオンシップス(以下WCS)2018"が幕を閉じました。応援してくださったみなさん、本当にありがとうございます。

 

  続く"カントートーナメント4"というユーザー主導の大型大会も幕を閉じ、今年のポッ拳の夏が終わった今、そこで感じたことを書いていこうと思います。

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【敗北】


  WCS2018ポッ拳部門で、オレは現地最終予選から参戦。128人以上の参加者の中から上位2位までの予選通過を狙うも、惜しい様子もなく惨敗に終わった。


  日本代表決定戦で3位になり、招待出場権を獲得。直近のユーザー主催イベントで行われた2本先取制ダブルエリミネーショントーナメントでは、同じ招待選手数名を破り、一度も負けることなく優勝している。アーケード版からスタートした経緯を持つ故に、これまで日本人が圧倒してきた経緯のあるポッ拳というゲームにおいて、この成績は十分に世界一になり得る可能性があると言えるだろう。


  では、何故今回このような結果に終わったのか。それはオレが数段飛ばしで駆け上がってきたからだと考えている。


  オレは優勝候補に焦点を絞って徹底分析と対策を行ってきた。今年1月、悲願の初優勝を飾ったEVO JAPAN 2018でも取った戦術だ。それは全てある信条に則っている


"1番にならなきゃ意味がない"


  Top16に入りたい。去年より良い成績を。それだけではあまりにも不足している。オレより実績を重ね、コミュニティからのプレイヤースキルの評価が高い人などたくさんいるからだ。彼らという存在がありながら、自分がプロとして活動することの意味を常に模索してきた。そして何より、前の記事で記載したとおり1番にならなければ観てもらえない人がいる。


  しかし、人対策に寄った作戦が仇となり、ノーマークのプレイヤー2人を相手に敗退した。さながらEVO JAPAN 2018で自分が行ってきたことを他のプレイヤーにされたかのようだった。


  彼らがオレを個人対策したかは分からない。しかし、プロとして、トップとして戦おうとするなら分析されるのは大前提。それでもなお勝ち抜く底力がオレには足りなかったように思う。


"全てはWCSでの勝利の為に"


  これこそがオレの原点。オレの全てだ。その勝利の為に全てを賭けてきたはずなのに、やっとこの手で切符を掴んだのになんで……?


  勝っても負けてもWCSが終わった時はきっと涙を流すと思っていた。ところがそんなものは一滴も出ない。悔しいを通り越して、自身への怒りだけが押し寄せる。オレにとってこの結果は生きる意味を見失うものであり、自身への不信感に拍車をかけるものとなった。

 

 


【自分を大切にすること】


  如何なる結果であれ、応援してくれた人にはそれを報告する義務がある。各所にその報告を行うと、ある大切な人からこのような言葉が返ってきた。


"自分を大切にすれば、人に優しく出来るから、まずは、今日のお疲れさまな自分を労ってあげて!"


  結果報告と合わせて、自身のゲーム外における不足も語ったからなのだろう。きっと次へのヒントになる。そう思える人の言葉でありながらも、オレはこの言葉の意味が分からなかった。


  そもそも自分を大切にするとは何なのだろう。例えば、好きな甘い物をたくさん食べること。好きなだけ寝ること。友達と一緒の時間を過ごすこと。


  いずれも間違いではない。ただ、そういうことではないのはなんとなく分かる。そもそもそれらをしたところで、人に優しくなれるだろうか。WCSで優勝できるだろうか。まずありえないだろう。それらは見方を変えれば浪費であり、怠惰であり、惰性だからだ。


  じゃあいったい何なのか。何も見えてこないまま自身への怒りに振り回されていたオレは、恥を忍んで頼れる仲間数人に言われたことの話を打ち明ける。


  すると返ってきたのは、オレ自身の傲慢さや、無駄を切り捨てる遊びのなさを指摘するもの。勝ち負け以外の大切さを知るように伝えるものだった。


  自身の様々な不足は元々ある程度知ったうえで修正するか、今は捨て置くか取捨選択を行っている。しかし今思えば憧れへの情熱を免罪符に、ずいぶん多くのことを切り捨ててきたように思う。それが失敗に繋がっているのだとしたら、支えてくれる人に申し訳が立たない。


  そう思う気持ちもある故に、彼らの言葉が正しいことは分かる。しかし、何一つ具体的な話が出てこない。これから先、オレはどうしたらいい? 何をしたらもっと強くなれる?


  それを考えるのは自分の役目だ。誰かに答えを貰うものではない。分かっている。それは分かっているけど、いったい何をもってして自分を大切にするというのか。


  冷静に考えているつもりでも、頭が真っ白になっていたオレがその問いに答えを見出すことは叶わなかった。

 

 


【プロプレイヤーである以上に】


  WCS2018、その予選でオレを破ったプレイヤーの1人に"JIN"という男がいる。彼はプレイヤーとしてトップクラスの実力を持つわけではなく、プロプレイヤーでもなければ、オレが知る限り称賛を浴びるような成績を残したことは一度もない。


  元々いくらか交流はあったものの、実際に会うのは初めて。試合前、そんな彼のある行動にオレは度肝を抜かれるほどの衝撃を受けることになる。WCSポッ拳シニア部門で小学生くらいの子供が配信台で試合をしていた時のことだ。


  ガードもままならないような年少の子を見るやいなや、JINは持ち前の大声でその子を応援し始める。無論その子は彼の知り合いなどではない。その声は次第に他の大人プレイヤーを巻き込み、会場全体が年少の子を応援するムードへと変わったのだ。


  どう見ても実力差は歴然。加えて知り合いでもない子供のために、どうして単身声を張り上げて応援することができるのか。自身の試合を控えているにもかかわらず、どうして他のことに力を割くことなどできるのか。なんで、なんでそこまで……


"You are hero."


  英語を話すことができないオレは、JINのもとへ寄って肩を叩き、ただそう伝えることしかできなかった。


  そしてJINとの戦い。既に一度負けており、後がなくなっていたオレは彼に逆転負けを喫してしまう。彼の勝利を讃える一方で、頭が真っ白になっていたオレは独りホテルの自室に戻ることにした。


  ベッドへ横になると、浮かんできたのは敗北した瞬間ではなく、JINが年少の子を応援する姿だった。


"なんだよ。プロのくせに人としてもプレイヤーとしても負けてんじゃねえか"


  ほぼ無意識の中で独り言のようにそう漏らしたことで、偶然ではない決定的な敗北を痛感する。


  その翌日、大会も佳境を迎えており、壇上での試合を控え席を離れられない日本人プレイヤーに対し、JINは自分の観戦席も取らずにこのような声掛けをする。


"喉は乾いてないかい? 欲しいものがあれば買ってきてあげるよ"


  ったく、どこまでヒーローなんだよあんたは……。この声掛けには他の日本人プレイヤーも驚いたようで、JINの思いやりにとても感謝していたことを覚えている。実際に彼は笑って要望を聞き、走って水を買いに行っていた。


  加えて彼は、ポッ拳部門が終わったWCS最終日において、世界対抗戦のクルーバトルを記録に残し、その場にいない全てのプレイヤーへ届けるために各種機材を持参する。そして戦いたくて仕方がないプレイヤーの気持ちを盛り上げ、自らは裏方に徹していた。


  そしてオレはようやく理解した。誰よりもポッ拳が好きだからこそ、コミュニティのためになることを実践していくこと。その過程において笑顔を絶やさないこと。


  eSports界隈ではよく、そのタイトルが盛り上がるかどうかはスタープレイヤーの有無によって決まると言われている。ゲーム内での強さはもちろん、JINのような行動と振る舞い、心の在り方こそがスタープレイヤーと呼ばれるに足る重要な素質であるということを。


  それは即ちヒーローになるということ。これはスポンサードされているかどうかなどの肩書きで決まるものではなく、その人となりで決まるスタープレイヤーになり得る可能性のことだ。


  肩書きだけのプロプレイヤーじゃない。プロプレイヤーである以上に、そのコミュニティのヒーローであること。本物のプロになるため、オレに必要なことは何か。JINからはその多くを教わったように思う。

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↑写真はJINとのツーショット

 

 


【怖い時、不安な時こそ】


  WCSから帰国して10日後、日本でユーザー主導のポッ拳大型大会"カントートーナメント4"が開催される。公式大会に匹敵する規模となったこの大会で好成績を残すことは、次期公式戦で勝ち上がるためにも欠かせないポイントだ。


  しかし、帰国後引っ越しを間近に控えていたことに加え、大会スタッフでもあったオレは直前の準備や打ち合わせに時間を取られ、全く練習することができなかった。いや、正しくは自信の喪失とともに、多忙を言い訳にして練習から逃げていたのかもしれない。


  今までのやり方では1番にはなれない。そして今のオレには誇れるほどの実績も、人に優しくできるだけの器もない。どうせまた負けるんじゃないか? どうせ偽者のプロなんじゃないのか?


  開会式を終え、これから戦いが始まるという時。敗北への恐怖。憧れが遠ざかっていく不安。そんな気持ちに苛まされた時、ある言葉が頭をよぎる。


  大好きなアニメ"僕のヒーローアカデミア"(以下ヒロアカ)で、No.1ヒーローと呼ばれる存在"オールマイト"が、大会で勝利したのも自分は運に恵まれただけだと項垂れる主人公"緑谷 出久"(通称デク)に言った言葉だった。


"怖い時、不安な時こそ、笑っちまって臨むんだ"


  オレは負けた。でも、それでもなお来年こそは世界一を獲るんだって今も思ってる。そうだよ、まだこの想いは消えちゃいない。ならばせめて、あの惨敗を糧にして前に進むんだ!


  オールマイトの言葉に背中を押されたオレは、無事に予選を突破。配信台でこそ負けてしまったが、結果は100人オーバーの大会でBest12となった。


  そして誰よりも笑って戦いに臨んだオレの姿を見て、世界最大規模のポッ拳情報サイト"PokkénArena"を取りまとめる人物の1人"Jetsplit"が称賛のDMを送ってくれた。

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  また、今年5月にeSports実況解説者のプロとして歩み始めた"ふーひさん"は、オレの配信台での戦いにおいて


"ピンチを前によく笑う漢クロスいがらし!"


  と、実況してくれた。この時の心境は当然誰にも伝えていないが、WCSからの帰国直後にヒロアカの映画を一緒に観に行ったことで、オレがどういう気持ちで臨んでいるのかを読み取ったのだろう。なお、ふーひさんはヒロアカに触れるのはこの時が初めてで、それまで漫画もアニメも一切見ていない。


  この僅かなヒントをもとに、プレイヤーを最大限魅力的に伝える力を持つ彼は正しく"プロ"だと言えるだろう。オレとふーひさん、両者をよく知らなければこの実況の素晴らしさは伝わらないからこそ、今ここにそのことを記しておく。


  何よりプレイヤーとしてトップを目指すオレが、その姿勢を崩さずにコミュニティへ出来ること。そのヒントをオレはこの大会で掴めたように思う。

 

 


【約束】


  こうして2018年ポッ拳の夏は終わりを迎えた。これから先、年を越すまでは公式戦が開かれることはないと思われる。ポッ拳の熱は春先から始まり、WCSを集大成とするもの。


  秋冬は翌年に向けて備えていく静かな時間となることが多く、故にこの時期が最もプレイヤーが離れていく可能性が高い時期でもある。


  そんな中で来年ワシントンD.C.にて開催が決定したPokémonWCS2019においてポッ拳部門を存続させるには、ゲーム内における自己強化のみならず、ポッ拳というゲームの魅力、およびそこで戦うプレイヤーのドラマを発信していくことが必要となるだろう。


  幸いWCS2018ポッ拳部門のグランドファイナルは、YouTubeにて100万再生を間近に迎えており、十二分なポテンシャルを秘めていることが分かる。あとはコミュニティの努力次第とも言えるだろう。


  ならば"プロ"としてオレに出来ることは何か。eSportsの聖地と呼ばれることもある場所へ引っ越してきた今なら、出来ることは今まで以上に増えてくるだろう。環境は整えた。ならば、あとは正真正銘オレの頑張り次第。


  WCS2019ポッ拳部門にて、今度こそオレが世界一、最強のプレイヤーになること。そして憧れの人のような最高のヒーローになるために。そう強く思うのは、WCSの予備日となった最終滞在日でのある出来事がきっかけだ。


  オレが世界一憧れる人であり、ポケモンの生みの親の1人である"増田 順一さん"。その増田さんがホテルからチェックアウトしようとしていたところに出くわしたオレは、感謝を述べると同時にこれからのポッ拳に対する期待と不安と情熱を手短にぶつける。


  すると増田さんの口から出てきたのは、あるWCSスタッフの話だった。これまで本家"ポケットモンスター"シリーズの部門(通称VGC)で代表として参加したこともある人がスタッフとして活動するのを目の当たりにし、驚いた増田さんは声を掛け、理由を聞いたのだという。


  その理由とは"WCS存続のためにスタッフ職への転身を決めたため"だった。


  どういう事情があってそうするまでに至ったのかオレには分からない。それでもPokémonWCSという最高の舞台を愛するからこそ、その人は自分に出来ることをしようと決断したのだろう。


  大会において注目を集めるのは選手だ。選手こそが華であり、スターであり、主人公だ。それは間違いない。でも、それを支えるのは世に名前が出ることもない多くのスタッフの尽力であることを、オレたちプレイヤーは忘れてはいけないということをこの時オレは強く感じた。


  WCSを愛する人の話に感銘を受けたオレは決意を新たに、関係者から呼ばれその場を後にしようとする増田さんへこう伝えた。


"また来年、WCSで会いましょう"


  そう言い放ったオレに対し、あの人は自ら手を差し出し握ってくれた。


  相変わらず自分のことはあんまり好きになれないし、それどころかクソ雑魚が! と、すぐにキレたくなる。許せなくなる。でも、あの人が応援してくれるなら大丈夫。


  自分を信じられなくてもいい。憧れた人を信じる。憧れた人が信じるオレを、オレは信じるんだ、と。


  そしてオレは勝つ。オレで勝つ! この先どんな困難にも立ち向かい、笑顔で乗り越えて世界一になってみせる。


  それがオレが憧れた最高のヒーローとの約束だからだ。

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